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人生の半分を終えてしまった

 私の年齢が21歳で、42歳になったら死んでしまう。

——という話ではない。

 最近、どんどん時間がどんどん早く進むようになっていき、それが年々その速度を上げているように感じる。

 コロナで自粛生活を強いられた大学4年の春学期。気づいたら終わっていた。一度もキャンパスに行かずに夏休みを迎えた。春休みが終わらないまま夏休みに入ってしまった。
 この半年間は、陸上の大会にバンバン出場し、多くの選手と知り合い、「また次の大会で」と励まし合って別れる、そんな非常に充実するものになった——筈だった。

 ただYouTubeを見ている気分で授業を受け、それが終われば河川敷や織田フィールドに行き練習、週一でバイト。それを十数回あっという間に繰り返していた。バイトはつい先日行ってきたばかりなのに、もう一週間経ったのかと驚き、「この一週間何してたんだろう、俺」と嘆いては、それに対する具体的な対策も思いつかなかった。

『ジャネーの法則』っていうのがあるらしい。

 主観的に記憶される年月の長さは、年少者にはより長く、年長者にはより短かく感じるという。
 感覚的な時間経過の早さは、年齢に比例して速度を上げていくのだとか。
 5歳の時は、全人生の1/5。30歳の時は、全人生の1/30。
 歳をとるごとに、体感する1年が相対的に短くなっていくからだそうだ。

 確かに、一年を振り返る際は、無意識に人生という大枠の中でその一年を考えているかもしれない。そうして振り返っていくと、歳を重ねるほど、一年が凝縮され小さくなるように感じる。

 小学校を卒業したみぎり、
「6年、長かった……こんな長いことを、あと中学高校ともう一回続けていくのか」
 と気が遠くなっていたが、実際中高生時代なんてあっという間に過ぎていった。
 それもその筈、先ほどの法則通りに計算してみたところ、体感時間は中高6年間よりも、小学6年間の方が2倍以上長かった。

 だが、単に法則の単純計算のみによって体感時間が短くなっているわけではない。
 人は経験したことのないことをやっている時は、強く意識に残り体感時間が長くなるという。逆に、そのことに慣れてしまえば時間の経過が気にならなくなり、どんどん時間が過ぎていってしまうそうだ。
 人間は幼少期には多くの新しいことを経験する為、時間の経過を長く感じるが、歳を取るとその機会が少なくなりどんどん時間が過ぎていってしまう。

 私のこの半年間は、ただでさえ体感時間の経過が早くなっているというのに、ずっと同じことの繰り返しで、新しいことに手を伸ばすこと、新たに学ぶことをしてこなかった。

 否、コロナだとか自粛は関係ないのかもしれない。大学に入ってからの3年半、大きな刺激がなかったと省みる。

 気づいたら皆将来について考えているし、就職も決まっている。ただのうのうとしていただけに、常に新しいことに挑戦してきた人と比べて私の大学生活は誰よりも早く過ぎ去ろうとしている。

 何か新しいアクションを起こさなくては、どんどん月日だけが経っていく。
「ただ先延ばしにするだけなら、何も良いことはない」
 この父の言葉を反芻する。結果的に就活を先延ばしにしてしまった私だが、先延ばしにした事にならないくらいの新しい体験をしていくべきだ。

 ジャネーの法則から計算すると、80歳を寿命とした時、体感時間的な人生の折り返しは19〜20歳なのだとか。もう人生の半分終わってしまったようなもの。

 これから体感時間を増やしていくなら、自ら新しいことを探していかなくては。

 

 

 

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