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陽を浴びさせる仕事

 ピザのデリバリー。平日のシフトなので職場が非常に穏やかだった。休日に入ったシフトは本当にピリピリしていて、仕舞いには店長に「クリスマスには必ず入れ」と言われる。アルバイトになに勤務強要してんねん、訴えっぞ。だが今日は平日の、しかもお昼時を過ぎた時間帯なので、3時間シフトに入って2軒しか配達に行かなかった。非常に穏やかな勤務だった。だが向かった先はあまりに印象的だった。

 1軒目は築50年ほど経っていそうな古い民家。古風な家の構えに、周囲が植物で埋め尽くされそうになっていて、地面はなぜか泥でぬかるんでいた。そして、臭い。なんだこの腐臭と思ったら、足元のバケツに銀杏がたくさん入っていた。茶碗蒸しにでも乗っけるための食材にするのかもしれないが、客人を迎えるところにそれを置いておくな。というか自分の家によくこんな臭いもの放置しておけるなぁと感心してしまう。感心はするが褒めてない。

 2軒目はまた築何十年も経っていそうなアパートだった。表札があるくらいだから長く住んでいるのだろうと推察して呼び鈴を鳴らした。ドアが開くと、人間の汗が放置されたような異臭が漂ってきた。関内駅の地下通路でもこのような臭いを嗅いだことがある。中は埃が散らばり、いっぱいになったゴミ袋や書籍類が山積みになった、いわゆるゴミ屋敷だった。出てきたのは、脂ぎった頭髪、露出した肌はただれ、Tシャツの肩に白い粉をたくさんまぶした男性だった。ピザを渡すと、レシートが詰め込まれた財布から1万円札を取り出したので、お釣りを渡した。渡すときにわずかに手が触れて、若干潔癖症の私は思わず私は身震いしてしまった。まだ銀杏臭い方がマシだと思った。

 ピザを届けることで様々な家事情が垣間見えてくる。小さい子供のいる家族や、パーティをするであろう集まりのある家に届けると「楽しんでほしい」という感情が湧いてくるものだが、一方デリバリーは外に全く出ない人を一瞬だけ日を浴びさせる仕事を引き受けることにもなる。引きこもりができない私にとって、こんな脂っこいピザを買うお金があるなら、部屋を片付けて、身なりを整えて他にも美味しいご飯を食べに行けば良いのにと思ってしまい、こんなネガティブな理由を持つ人たちにピザを届けたくないものだ。家を出られない事情を抱えている者もいるだろうし、引きこもりを否定はしない。だが今日の2軒目はあまりに身なりと家の中が汚いので関わりたくなかった。デリバリー程度の人間ならどう思われても良いと思っているのだろうが、私はこんな程度の人にこんな程度と思われては、デリバリーなんてのはやってられない。デリバリーは単発くらいにやる方が良い。まぁお金をもらっている以上、私からわがままを言うことはできないが、ここで愚痴くらいは零させてもらう。

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