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[小説] ポートレイン 2

episode 2 姉を信じる少年


最後に目撃された雨の港で帰らない姉を捜す少年は、地縛霊の少女に姉を見ていないかくり返し訊ねる。少女が何度見ていないと言っても、少年はうそだと考えて少女を信じない。そのうち少年のところに手紙が届き──?

063/ポートレイン
2020年10月26日完/四百字詰原稿用紙16枚


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「あなた、また来たの」
 かわいらしいのに冷たくあしらう声。斗夢は聞こえてきた方向を振り返り、ほう、と息をつく。
「ああ、いてくれて良かった、憂」
「だから地縛霊だって言ってるじゃん。うちはこの港を離れられないよ」
 白と藍の素朴なセーラー服を着た憂は最初うんざりしたような顔、続いてその表情は名の通り〝憂い〟に変わった。
「うん、それはわかった。でも塁だってここに絶対関係してるんだ」
 斗夢は憂との再会に鼻息荒くなり、近づいて赤い傘を持つ右手を彼女の上へと伸ばす。相手は女の子だから霊であっても男の子の接近から逃げ、「れ、霊だから傘なんて」と言い訳した。
「──なあ、憂は雨が好きってのは本当なのか?」
 彼は脱線して訊ねる。
「だって雨の日は、顔が汚くてもわからないから」
「えっ、顔が汚くて? 何言ってるんだ」
 斗夢は実際に蒼ざめた顔を黒く汚した憂の言葉に首をかしげ、そして「まあ、もっと大切なことがある」と話を本題に戻した。
「塁はな、ここで最後に目撃されたんだ。その日も雨だったっていうし、今だって僕を見つけてこうして出てきた地縛霊の君が、そのときだけ見てないはずはない」
「でも、だけど……」
 力説する彼を何とか止めようとする彼女、止められない。
「だから、もし今日も会ったことないって言うなら、憂は絶対うそついてるんだ」
「うそなんかついてない。うちは関係ないし、うそなんて──」
 憂の反論に、「いいか? 塁はすごい人だし、優秀で気が利いて、僕だけじゃない世界の未来のためにも必要な人間なんだ。だから教えてくれ、教えてくれよ憂!」とまくしたてる斗夢。彼女はされてさらに下がってしまい、それでも言い返さずにいられない。
「ねえ、そんなにすてきなお姉さんなら、ちゃんととむらってあげたほうがいいんじゃないの?」
「はっ、死んだっていうのか?」
 斗夢が怒るというより仰天する。客観的に見て厳しいことを言った憂はなおも反論を続ける。
「だって斗夢は、お姉さんが亡くなったことを認められなくて、こんなうちみたいな港の落とし物に、都合いいこと言わせて結論を先延ばししようとしてるんでしょ? それでお姉さんが見つかることはないし、何も解決しないのに。あ……」
 彼女は目の前でしずしず涙をこぼしだした少年に反論するのをやめた。
 壊れた壁の音が目立たなくなっている。風だけでなく蒼い雨も強さを増し、もはや〝霧〟ではない。憂は自分が優勢な状況にもかかわらず言葉を失い、泣かされた斗夢は頭上の風車を見上げて彼女に背を向ける。しかしそこから三歩で足を止めた。
 彼は港から離れる方向を見つめて声を振り絞る。
「僕は塁の価値を本当に信じてるし、塁が生きてることも信じてる」
 背の低い彼女はむだに伸び上がるようにし、「じゃあ、うちはどうしたらいいの?」と言った。沈黙する彼は振り返らない。
「──ねえ、だいたいここでうちが見たって言ったところで、どうなるの? どっちに行ったかわかっても、次の十字路で曲がったかもしれないんだよ?」
 憂の当然すぎる主張に、斗夢が涙にぬれた悔しそうな顔で言う。
「そしたら次は、次の場所で地縛霊を探す!」
 雨を浴びる彼女の顔色が変わり、ずんずん歩いて地縛霊でも動ける範囲内だった彼の前に回り込んだ。
「だったら今すぐここを離れて、こっちは海だから、あと海の反対はあなたが来た方向だから、残りの二方向で次の地縛霊探しなよ」
 憂は海に背中を向けた斗夢の顔を指さし、顔と視線で右左を順に指示していく。
 言われた彼は一瞬の間をおき、振り払うように彼女をどけて再び歩きだした。触られずによけた彼女はえっという顔で驚き、そのまま動けなくなって彼を見送ってしまう。
 彼は指摘された「残りの二方向」ではなく来た道を、海風に追われてとぼとぼあきらめたように帰っていった。残された彼女はしばらく遠ざかる彼の背中を見つめていたが、二人の間を車が横切るとぎょっとして咳とくしゃみをし、疲れた顔で海を眺める。もう一度咳が出た。


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