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さくっと読みショートショート

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1分くらいで読める、1000文字以内のショートショートをまとめています。気分転換のお供にどうぞ!
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2020年9月の記事一覧

賞【ショートショート485字】

彼はつくづく賞と縁がない男だった。思い返せば、それを意識しだしたのは小学校低学年の頃からだ。 同級生は書道、絵画、自由研究、運動会の徒競走、ピアノのコンクールなど、それぞれが得意な分野で様々な賞をもらっていた。しかし彼はその一つとしてもらえなかった。 彼も最初はいつかもらえるだろうと楽に構えていたが、小学校高学年にもなると焦ってきた。友達の家に賞状やトロフィーが飾ってあるのを見ると、悔しくて帰ってしまうこともあったほどだ。 彼はなんでもいいから賞がもらいたかった。彼は水

おやつ【ショートショート451字】

 最近、中学校の放課後に、ちょくちょくクラスの山田んちに行っている。山田の母親は専業主婦らしく、俺と山田が山田の部屋でだべっていると、毎回おやつを運んできてくれるのだが、そのおやつが毎回豪華で驚いている。ショートケーキ、豆大福、メロン…今日のおやつはなんと、とらやの羊羹だ。  俺の家は貧乏で、子供の頃からおやつと言ったら、さつまいも、とうもろこし、すいか…山田の家とはえらい違いだ。ふと気になって、山田に訊いてみた。 「おやつでこんだけ豪華なら、夕飯は何が出てくるんだ?」

待合室にて【ショートショート552字】

「白木さん、白木葉子さ〜ん」 平日の昼下がりの産婦人科の待合室、次に診察室に入る患者がアナウンスで呼び出されている。この待合室は観葉植物がいくつも置かれ、明るい陽が差し込んでいて、いつ来ても気分がよい。 「竜崎さん、竜崎麗香さ〜ん」 巻き髪の、いかにも上品な雰囲気の女性が小さく「はい」と返事して、診察室に入っていく。またしばらくすると声がかかる。 「浅倉さん、浅倉南さ〜ん」 私の前に座っている女性が立って診察室の方へ向かう。今日は診察のペースが速そうだ。私ももうすぐ

図書館にて【ショートショート477字】

私は町の図書館で司書をしている。この町の図書館は大きく、書籍数も充実しているため、町民から愛されている。 先日パソコンで、過去の貸出データの確認をしていたら、気になる記録を発見した。 「銃・病原菌・鉄」 ジャレド・ダイアモンド   返却遅延 なんだか聞き慣れない単語だな。 こういった場合の適切な対応を教えてもらうべく、館長に相談してみることにする。 「館長、『返却遅延』って何ですか?」 と私が訊くと、白髪の館長は微笑みながら答える。 「返却遅延?ああそうね、あなた

玉入れ【ショートショート461字】

僕は昔から無駄なことはしない主義だ。それは小学校の運動会の種目にも当てはまった。 徒競走は、わかる。誰かに追われた時や遅刻しそうな時のために、速く走れるよう練習しておくのは有意義だろう。 綱引きも、わかる。腕の筋肉がつくし、車がぬかるみにはまってしまったときのために練習しておくのは有意義だ。 玉入れ、これがわからない。小さな玉を頭上のかごに入れるのがうまくなったって、何に役に立つと言うのだ…僕は必死で玉を投げ入れる同級生を横目に、努力するでもなく適当に玉を上に放り投げて

染み【ショートショート631字】

「今回も落ちなかった。」 と私は自宅のソファーで、クリーニング店から引き取った白いワンピースの包みを広げながら呟く。スカートの部分に大きなコーヒーの染みが残っている。クリーニング店の店主はこの染みについては何も触れなかった。 「シミ抜き自慢!」というのぼりをあげた、商店街のあのクリーニング店に、このワンピースを出すのはこれで4回目だ。きっと5回目も出すんだろうなと思い、私は静かに自虐的なため息をつく。 あの人との初めてのデートで、緊張のあまり手が震えて、ワンピースにコー

夜景【ショートショート635字】

僕はレストランの窓際の席に座って、緊張しながら相手の到着を待っていた。窓の外には新宿の夜景が見える。向かいの空席を見つめながら、僕は今日言うべき台詞を反復する。このタイミング言おうと以前から決めていた。 思い返せばきっかけは大学の学園祭だった。クラス企画を一緒にやることになり、なかなか話がまとまらない中、喧嘩と仲直りを繰り返しながら当日の本番を迎えた。あの日の達成感はまだ在り在りと覚えている。終わった後、二人でハイタッチして成功を喜びあったものだ。 それから僕達は自然と二

出産【ショートショート536字】

「オギャー」 と分娩室の中から赤ちゃんの元気な声が響く。中から出てきた助産師が、廊下のベンチで待っていた私に、 「おめでとうございます。元気な女の子ですよ。」 と告げる。本当に良かった。母体は健康だろうか。産んでくれた彼女には感謝してもしきれない。 思えば長い道のりだった。私がどうしても子供が欲しかったにも関わらず、なかなか子宝に恵まれなかった。様々な治療を試して、最後にこれでだめなら諦めようとまで思った末のことだった。 「ごめんごめん、もう生まれちゃった?」 と

生産性【ショートショート723字】

昔は和気あいあいとした職場だったんだ。僕は体力がなくて一度に運べる荷物の量は少ないけれど、お調子者でみんなを笑わせるキャラとして可愛がられていた。みんな、僕の分を一緒に手伝って運んでくれたりした。通路ですれ違うときに声を掛けたり、時にはおしゃべりしたりして楽しく働いていたんだ。 状況が変わったのは、上司が「運んだ荷物の量に基づいて評価を決める」と宣言してからだ。みんな生産性を上げようと躍起になり、職場の雰囲気は悪くなった。みんなもう無駄なおしゃべりをしたりしない。周りの手伝

本屋にて【ショートショート332字】

「あのー、すいません。◯◯◯という本はどこに…」 と私は本棚を整理している店員に声をかけた。白いシャツに黒いエプロン姿だ。ショッピングセンター内に入ったこの本屋は、売り場面積が広く、品揃えも充実しているゆえに、何回来てもどこに何があるか覚えられない。 その店員は忙しそうで、 「え、◯◯◯がどこにあるか?ちょっと今手が離せないんだけどなー。」 と露骨に嫌そうな顔をする。仕方ないので自分でマップを見て探そうかと思い始めた時に、声がかかる。 「すいません、店員さん。本の場

在宅勤務と律子さん【ショートショート741字】

「コホン。」 と律子さんが編み針を手に、こちらをじっと見て咳払いをする。しばらく宙をさまよっていた私の意識が元に戻り、パソコンのモニタに向き直る。いけない、いけない。昼食を食べた後はどうしてもぼーっとしがちだ。 在宅勤務が始まってもうすでに半年だ。最初は家で仕事というのが物珍しく、会議室の移動も必要なくて快適快適と思っていたが、半年も経つとその環境にもすっかり慣れ、どうしても集中力が切れがちになる。パソコンに向かってメールを書いていたと思えば、いつの間にか窓から空をぼーっ

勉強しない学校【ショートショート893字】

「おーい、ミキの番だぞ―!」 と校庭でドッジボールをしているミキを、タケシが呼びに来た。 「今日もうまくいった?」 「もちろん、看護師さんにも褒められたよ。」 とタケシは得意そうだ。 今日は週に一度の登校日。昔は毎日学校に行っていたらしいけれど、小学3年生のミキとタケシが入学した頃にはすでにこのスタイルになっていた。 というのも、「電磁波インプット」が発明されたからだ。これは特殊な電磁波を脳に当てることで、知識を直接脳にインプットすることができるという画期的な発明だ。も

夜道【ショートショート668字】

最近は繁忙期で残業が多い。今日も朝からずっとバタバタしていて、私はもうすっかりボロボロになっていた。家の最寄り駅に着いたのは夜中近くになってからだった。 帰り道は住宅街が続き、点々と外灯の灯りがあるのみで薄暗い。少々心細く思いながら足取りを速めると、背後で遠くから声がする。 「ハァハァハァ」 もしかして、この声は。 「ハァハァハァ」 その声は更に近づいてくる。そうだ、思い切って走り出そうか。いや、逆効果か。 「ハァハァハァ」 もう、すぐ後ろまで来ている。ああ、も

国民検索エンジン【ショートショート951字】

「国民検索エンジン」―これは政府直属の国民安全課のみが使用を許可されているシステムだ。 いわゆるウェブ検索エンジンと同様、キーワードを検索バーに打ち込んで情報を検索する。ただし、検索結果に出てくるのはウェブサイトではなく国民である。 例えば「35歳 男性」と打ち込むと、該当する国民のリストがずらっと表示される。もちろん、この条件に合致する国民は大量にいるので、キーワードを追加して更に絞り込んで目的の人を見つけることになる。犯罪捜査が主な用途だ。 国民安全課への配属第一日