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sabamiso_k11
夜道【ショートショート668字】
最近は繁忙期で残業が多い。今日も朝からずっとバタバタしていて、私はもうすっかりボロボロになっていた。家の最寄り駅に着いたのは夜中近くになってからだった。
帰り道は住宅街が続き、点々と外灯の灯りがあるのみで薄暗い。少々心細く思いながら足取りを速めると、背後で遠くから声がする。
「ハァハァハァ」
もしかして、この声は。
「ハァハァハァ」
その声は更に近づいてくる。そうだ、思い切って走り出そうか。いや、逆効果か。
「ハァハァハァ」
もう、すぐ後ろまで来ている。ああ、もうなんでよりによってこんな時に。心臓が速くなり、手のひらに汗をかいているのがわかる。
「おい」
私の心臓がドキンと跳ねた。私は意を決して振り返った。
「あれ、タクヤ先輩。ポチの散歩ですか?」
と私は笑顔を作って言う。
「おう、夜の散歩。お前、こんな時間に珍しいな。」
と、柴犬ポチを連れた、Tシャツにジャージ姿のタクヤ先輩が言う。この人の服装は学生時代からいつも変わらないな。
「はい、ちょっと残業で。」
と、私はできるだけ顔を上げないようにして言う。
「ふーん、大変だな。」
とタクヤ先輩は私を眺めると、
「じゃ、俺道こっちだから。また明日の朝な。」
と言って去っていった。ポチの「ハァハァ」という声が遠くなっていく。
ああ、緊張した。なんでよりによって化粧がこんなボロボロの時に会うんだろう。ブサイクだと思われなかったかな。
ポチの朝の散歩と私の通勤はいつも重なるが、夜も散歩しているとは知らなかった。
「また明日の朝な。」という言葉が頭のなかでこだまする。明日はおろしたてのワンピースを着ていくことにしよう。
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