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玉入れ【ショートショート461字】

僕は昔から無駄なことはしない主義だ。それは小学校の運動会の種目にも当てはまった。

徒競走は、わかる。誰かに追われた時や遅刻しそうな時のために、速く走れるよう練習しておくのは有意義だろう。

綱引きも、わかる。腕の筋肉がつくし、車がぬかるみにはまってしまったときのために練習しておくのは有意義だ。

玉入れ、これがわからない。小さな玉を頭上のかごに入れるのがうまくなったって、何に役に立つと言うのだ…僕は必死で玉を投げ入れる同級生を横目に、努力するでもなく適当に玉を上に放り投げて、競技時間をやり過ごしていた。


時は経ち、僕は結婚して家も建てた。ある日、僕が出かけようと玄関を出た時、妻が二階の窓を開けて声を掛けてきた。

「ちょっと、私の小銭入れ、間違って持っていったでしょう。ここに放り投げて。」

と、妻は窓から身を乗り出し、両手を広げている。

僕は小銭入れを、二階の窓の妻に向かって放った…はずだった。小銭入れは僕のちょうど真上に上がり、僕の頭にぽてっと落ちてきた。

妻の冷たい視線が痛い。世の中には無駄なことなどないと学んだ秋の日だった。

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