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待合室にて【ショートショート552字】

「白木さん、白木葉子さ〜ん」

平日の昼下がりの産婦人科の待合室、次に診察室に入る患者がアナウンスで呼び出されている。この待合室は観葉植物がいくつも置かれ、明るい陽が差し込んでいて、いつ来ても気分がよい。

「竜崎さん、竜崎麗香さ〜ん」

巻き髪の、いかにも上品な雰囲気の女性が小さく「はい」と返事して、診察室に入っていく。またしばらくすると声がかかる。

「浅倉さん、浅倉南さ〜ん」

私の前に座っている女性が立って診察室の方へ向かう。今日は診察のペースが速そうだ。私ももうすぐ呼ばれるかもしれない。

「峰さん、峰不二子さ〜ん」

と呼び出しがかかり、私は少し恥ずかしく思いながら、小さく「はい」と返事して席を立つ。

患者のプライバシー保護のため、病院で本名が呼ばれなくなってしばらく経つ。普通は番号で呼ぶものだが、馴染みのないランダムな番号のため、アナウンスを聞き逃してしまうケースが相次ぎ、この病院では代わりに仮名を使うようになった。これだと受付の際に一発で覚えられると好評だ。

裏話として看護師さんに聞いたところによると、この産婦人科では生まれた子供にいわゆる「キラキラネーム」をつける割合が極端に低いらしい。私も「峰不二子」と呼ばれたときのことを思い出し、自分の子供には背負うものの少ない、堅実な名前をつけようと心に誓った。

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