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涙が出るほど悲しかったけれど、何も泣くこともなかった日々よ。


私の高校生活はとにかく暗澹としていた。


1年生だけは慣れない環境で新しいことばかりだったから、まぁなんとなく楽しんでいたかもしれないが、2年からは中々に地獄だった。(後述)


21歳になった今、高校生が主役の漫画を読んでいて、ふと、過去のことを振り返りたくなった。(これまでは記憶から抹消すべく思い出さないようにしていた)

いじめもない平坦な学校で、なぜ、当時の自分はあれだけ屈折して過ごしていたのだろうか。

今思い返すと、
"自分に自信がなかった"
ということが大きかったと思う。


部活は小規模で同学年がたったの1人。友達は自分から動かなければ作れない環境だった。話しかけてくれる子もそこそこいたものの、自意識過剰で上手く距離を掴めなかった。一番仲の良い友達は一人が平気なタイプだったから、意地を張って孤独を愛するフリをしたこともあったけれど、やっぱり一人は苦痛だった。


振り返ると、高校は生きてきた中で初めて、依存できる人がいない環境だった。自信がないから誰かに依存したい。しかし依存先がないので自分の足で立たなければいけなくなった。そこでつまづいた。自己肯定感の足りないことが悪循環を生み出しては、勝手に苦しんでぐずっている日々だった。


2年になると小規模の部活だったばかりに半強制的に部長に任命されて、余計に自信のなさに追い打ちがかかった。同期とはソリが合わないし、部長になったからには辞められないし。後輩は全く可愛くなければクラスは煩いわ居づらいわで....

クラスにも部活にも、残念なことに図書室にも居場所がなかった。(ソリの合わない同期がずっと図書委員で図書室にいたため)居場所が欲しくてバイトをしてみたりもしたけれど、自分という核が出来ていないのだからどこに行ったって同じだった。本当にいつも心が折れそうだった。

3年になって部活を引退した頃にはすっかり捻くれて、無意味に学校とは反対方面の電車に乗ったりしていた10代の私。当時の私のことを否定するのは可哀想なので絶対にしないが、振り返ると、あの頃の自分はとても幼かったように思う。

いくら気の合う人がいなかったとはいえ、あそこまで屈折する必要はなかったのだ。拗ねるのではなく、"この学校は私と合わない"と、選択の失敗をきちんと認めて、自分と向き合ったり、学校以外の場所で居場所を作ろうとしていれば、もう少し心にゆとりのある日々を送れたのかもしれない、と今なら思える。


未だに当時を振り返ると目眩がするし、思い出すことに脳がセーブをかけているのか基本的に思い出せないし、嫌悪感は凄まじく残っているけれど、漫画を読んで"やり直したいな"と思えるくらいには、いい加減自分の中で過去のことになってきているみたいで正直ホッとした。


捻くれず、きちんと現実を受け止めること。その上で、暮らしやすくするためにはどうすれば良いのかを考えること。私の高校生活は、これを身を以て体現させられた3年間だった。

どこかの誰かが言っていた。きらきらした青春なんてフィクションで、泥臭くて惨めでじめじめしたものがほんものだ、と。

私もすごくそう思うし、そう思いたい。けれども、抜け出そうともがくこと、自分がまっすぐに生きられるよう足掻くことは、泥だらけの中でも諦めてはいけないのだと、今なら思える。