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幻聴ドライヤー

出産を経験して、ずいぶん本能的だなぁという体の変化があったのを思い出した。
つわりのときもそうだった。長年付き合ってきた自分の鼻が研ぎ澄まされた犬の嗅覚みたいになったりするのだ。歳を重ねて体が鈍くなることはあっても、この年齢で進化するとは。なんだこれは。
虫のように変態を遂げはしないが、明らかに内側でザワザワと人体の不思議が起きた。

それは、娘がまだ言葉も喋れない赤ちゃんだったときのこと。
私が1人で浴室でシャワーを浴びているとき、娘の泣き声が聞こえた。すぐさまドアを開け、夫(ヒデさん)に、
「大丈夫そう?」
と声をかける。しかし娘はすぅすぅと寝息を立てていた。
変だなぁ。
お風呂から出てドライヤーで髪を乾かしていたら、
「ヒェーン、ヒェーン、ヒェーン…」
また泣き声だ。
ドライヤーのスイッチを切ると、それは聴こえなくなる。
「あれ?」
幻聴だ。
毎日ではないが、シャワーやドライヤーを使用すると、ときおりこのような幻聴が聴こえるようになっていた。それはそうだ。泣き声は赤ちゃんの唯一の連絡手段。サイレンなのだ。
私の体はそれをキャッチするために過剰に機能していた。

なんだか怪談みたいな話になってしまったが、
うちはヒデさんの絶大な当事者意識もあって育児ノイローゼにならずに済んだし、姉に聞いたら経験がある、と言っていたので子育て中のママには「あるある」の事例なのかもしれない。
まだ月齢が低く、3時間おきに夜間授乳のルーティーンがあった期間。寝ている私の横で、
「ひぇ」
と、泣く前の助走のような息遣いでも、目がバチっと醒めるのだ。
殺し屋にでも命を狙われているのか。
今なら起きざまに枕の下に隠したベレッタでサッと返り討ちにできそう。
「私が気づかないとでも?」
隣の部屋ではいびきをかくヒデさん。 
現実は娘のおむつ替えと、おっぱいを左右変えながら5分ずつ時間を計る×2回の授乳。3時間後のアラームをセット。
同じ月齢の子のインスタを見て、育児の“分からない”を検索する。肩に娘を担ぎゲップをさせながら、かかりつけの小児科はどこにしようかと悩む。

そうやって幾つもの夜を超えて、気づいたら幻聴は音もなく消え去っていた。
この身体的変化は「赤ちゃんを、生かすこと」に全振りしたゆえの母体の機能だったのだろう。
今でも、棒を持って走り回ろうとする我が子の姿をみつけては、信じられない瞬発力が出る。

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