つわり中のカツサンド

妊娠初期、つわりというのを体験した。

ドラマでよく奥さんが「ウッ」となって洗面所にいくやつだ。
うわさは聞いていたが、今まで30年以上付き合ってきた体が別の物のように変化していくのはとても不思議だった。

つわりが起こるのは妊娠によりホルモンバランスが崩れるためや、
お腹の赤ちゃんに害がある物を摂取しないようにする為など色々言われているが、明確な原因は分からない。
軽い症状のもの、食べ続けないと気持ち悪さが消えない食べづわり、体に必用な栄養素が取れずケトン体が出て入院するレベルまで、
本当に人それぞれで、なってみないと辛さはやっぱり分からないものだ。
例えるなら、24時間船酔いしている感じだろうか。
この船はいつになったら降りられるのだろう。
ゴミ箱にビニール袋を被せたものを小脇に抱えながら、ゲッソリした顔でゾンビみたいになっている夜もあった。
まるで幽霊船だ。

体調の変化は如実にあった。
異常に嗅覚が発達して、まず今まで感じたことの無い寝室の匂いが駄目になった。
他にも日常生活の異変に気づく。
やっとつわりが軽くなってきて、初めて出勤したとき、
あれ？ここの駅のてんやの前を毎朝通ってたのに、
初めて仕込みの匂いがするぞ、といった具合に。
いつもの電車も、周りの人の生活臭や体臭が混ざり合って気分が悪くなってしまい、ハンカチで鼻を押さえてやり過ごした。
ご飯の炊ける匂いも、テレビやSNSで流れてくる食べ物の映像も、つねに吐き気を誘発する。
世の中はこんなにも食べ物の情報ばかりが溢れていたのか、勘弁してくれ、見たくない。
特に生肉と生卵を見てしまったときは最悪だ。
何か少しでも食べられるものは…
食べられるものは無いのか…と、一人で東京喰種していた。

そういえばつわりを無事終えても、その時に流行っていた曲が生理的にダメになったという話を聞いた事がある。
それで言うと私はあいみょんのマリーゴールドかもしれない。
いやそうでもないかな。
食べ物で言うと、カッサータが受け付けなくなってしまった。
シチリアの伝統的なスイーツで、ドライフルーツやナッツをチーズクリームに混ぜ込んで冷凍させるお菓子だ。
つわり期に突入する直前、SNSでレシピを見かけてウキウキで作ってはみたが、翌日になると無性に胃がムカムカしてしまい、
見るのも耐えられず冷凍室にあったものをゴミ箱に捨ててしまった。
最近レストランでもデザートにカッサータがあるところがある。
写真を見ると当時を思い出して何となく目を逸してしまう。
好きなものしか入ってないのに、トリプルコラボするとダメという謎の奇跡を起こす。
残念だが遭遇率は低いので、逆に良かったかもしれない。

その頃の食事はフルーツや冷たいおにぎりをだましだまし食べていた気がする。
私のつわりはまだ軽い方で、日記を見たら1日800kcal前後摂れていた。
それでも一番酷いときは歯磨きすると吐き気を催したり、
なんでか水を飲んだだけではずみで吐いているときもあった。
爽健美茶だけは平気だったのでそればかり飲んでいた。
つわりにはビタミンB6が効くらしいという事でサプリを買ってはみたが、UHA味覚糖のシゲキックスのがよっぽど効いた。

ある日体調が悪くまたゾンビ化している時に、唐突にカツサンドが頭に浮かんだ。
サクサクとした衣に、ソースの染み込んだパン。
「あ、なんか食べられそう！食べたい！」
お腹の赤ちゃんがOKサインを出したのだろうか。
LINEで夫に連絡を入れたら仕事帰りに買ってきてくれた。
よく、つわり中なのにマックのポテトが無性に食べたくなる！という人が時折居るのを聞いていたが、こういう事だったのか。
つわり中のカロリーはカツサンドで補ったと言っても過言ではない。
私にも食べられるものがあった〜。
と幸せとカツサンドをしみじみ噛み締めた。
そして困った時には飽きもせずコンビニに買いに行った。
つわりは2ヶ月程経ったらすっかり消えて無くなってしまい、呆気なくこのブームは終わった。
ありがとう。
ありがとうパンにカツをサンドしてくれた人。
一生感謝します。
（ここからは増える体重との戦いになるのを、この時の私はまだ知らない）

なお娘もカツサンドが大好きである。
お腹の中にいる時から、これは格別って食べてたもんね。
今度のお休みには、2人でお気に入りのパン屋さんに行こうか。