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やまとのショートストーリー|短編小説

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自作の短編小説をまとめています。 どれも短いお話なので、手軽に読めます。
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2020年7月の記事一覧

[小説] 初指導

僕は、塾の教室でひとり授業が始まるのをただ待っていた。 チッチッチッチッ 時計の音だけが聞こえた。緊張のボルテージが極限まで高まる。 ガチャッ 急にドアが開き、スーツの男が入ってくる。 「あれ。多田先生?来るの早いね。」 よく見ると松岡さんだった。面接ぶりだ。 「おはようございます。お久しぶりです。」 少しほっとした。知っている人がいるだけでも心強い。 「今日指導する生徒は何年生ですか?」 僕は、松岡さんに質問した。 「あぁ。小3だよ。算数だから、心配しなくていいよ。」

[小説] バイト研修

「あぁぁぁぁ」 僕は、どことなく落ち着かない気持ちを感じていた。というのも、今日は塾バイトの研修日なのだ。 「どうしたの?」 すかさず彼女が聞いてくる。里英はいつも冷静だ。 「なんかムズムズする。はじめての塾に緊張とわくわくの気持ちが入り混じっている感じ。」 「何それ?」 彼女はまるで天使かのようにやさしく微笑んでいた。 そうこうしている内に、出発の時間が迫ってきていた。僕は、慌ただしくお風呂に駆け込み、シャワーを浴び、シャツに着替え、ネクタイを締めた。 「シャツがしわくち

[小説] 合否発表

僕は、結果が来ないことにビクビクしていた。というのも、1週間経っても、知らせがいっこうに来ないのだ。 「不採用の場合は来ないのだろうか」 はじめてアルバイトに挑戦した僕は、そんな不安を感じながら、毎日を過ごしていた。隠れんぼをして遊んでいるとき、途中でみんなが帰り、自分だけが取り残され、夕日の沈んだ公園でひとりさびしく過ごしているような孤独感に苛まれていた。 次第にもっと忌まわしい考えが僕の脳裏に浮かんできた。もしかしたら、僕は誰からも必要とされないんじゃないか、という考

[小説] 講師面接

いよいよ待ちに待った日がやってきた。大学から帰ってきた僕は、すぐさま身支度を始めた。念入りに書いた履歴書と年季の入った筆箱を鞄の中に入れる。 慣れないスーツに身を纏い、ネクタイをキツく締める。ネクタイなんて入学式ぶりだ。といっても、3ヶ月前の話。鏡の前で何度も何度もやり直して、20回目くらいで、なんとかそれなりの形になった。 家を出ると、野良猫がいつものように僕を見つめていた。でも、どこか不安そうだ。僕は猫に「がんばってくるね」と声をかけて、その場を去った 。 それから

[小説] 塾の勧誘

多田一輝(かずき)は、平凡な大学生であった。特別何か特技があるわけでもない。あるとすれば、人よりもリフティングができることくらいだ。 小学生の時からずっとサッカーをしてきた。それでも、めちゃくちゃ上手というわけではなく、ただ他の人よりもちょっとだけ得意なだけだ。試合にも、たまに出してもらえる程度で、いわゆる補欠である。 集団行動は苦手で、いつも他人の顔色を伺っている。自分が何か問題を起こしたせいで人に迷惑をかけてしまうのが何よりも怖いのだ。「すいません」が口癖で、何かにつ