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[小説] 合否発表

 連作短編「塾講師日誌」です。気の弱い大学生、多田一輝が塾講師にチャレンジする物語です。今回は、3話『合否発表』です。
 話の続編を定期的に更新していきますが、一つひとつの作品は独立しているので、前のエピソードを読んでいなくても、読み進められるようになっています。
→アーカイブは、こちらから読めます!!

僕は、結果が来ないことにビクビクしていた。というのも、1週間経っても、知らせがいっこうに来ないのだ。

「不採用の場合は来ないのだろうか」
はじめてアルバイトに挑戦した僕は、そんな不安を感じながら、毎日を過ごしていた。隠れんぼをして遊んでいるとき、途中でみんなが帰り、自分だけが取り残され、夕日の沈んだ公園でひとりさびしく過ごしているような孤独感に苛まれていた。

次第にもっと忌まわしい考えが僕の脳裏に浮かんできた。もしかしたら、僕は誰からも必要とされないんじゃないか、という考えだった。これまで何かを成し遂げたことがなく、誰かに認められたことのない自分にとって、充分に考えられることだった。

「どうしたの。そんな深刻そうな顔をして。」
横から彼女が話しかけてきて、ふと我に返った。僕は愛する彼女と昼食中だった。
「里英はどう思う?やっぱりだめかなぁ?」
僕は、弱々しい声で、切り出した。
「そのことね。でも、一輝は頑張ってきたんじゃない。受かっても、だめでも、一輝が頑張ったことに変わりないよ」
里英はいつでもやさしい。そしていつでも明るい。だからといって、納得できたわけではなかったが、いつも僕を必要としてくれている彼女に心底感謝した。

✳︎✳︎✳︎
里英と出会ったのは、サッカーサークルだった。試合に出るような本格的なものではなく、たしなむ程度で毎週サッカーを楽しむ。女の子が少なかったこともあり、かなり目立っていた。

彼女はサッカー経験は全くなく、初心者だった。それでも、女の子が蹴るようなボールではない。力強くパスを返してくる様子をみると、運動神経が良いことは誰もが意見の一致するところだった。

突然、彼女は僕にサッカーを教えてほしいとお願いしてきた。きっと話しかけやすかったのだろう。僕は、パスの出し方、フェイントの仕方、ひとつひとつ丁寧に教えていった。そして気づいたときには、好きになっていた。

告白は自分からはできなかった。失敗して、今の関係が壊れてしまうのが何よりも怖かったからだ。それを察したのか、サークル後にラーメンを食べに行った際、突然彼女から切り出してきた。
「実は、前から好きだったの。付き合ってほしい。」
「いいよ」
僕は即答した。平常心を装っていたが、内心、心臓がばくばくしていた。今まで味わったことのない喜びや満足感を噛み締めていた。
✳︎✳︎✳︎

突然、携帯の画面が光りはじめた。
「あ、電話だ。誰だろう?」
僕は、スマホをおもむろに確認した。知らない番号からだった。
「あ、もしもし。」
「KOLの松岡です。先日は、面接ありがとうございました。結果をお知らせしたく、ご連絡しました。結果は、合格です。入社の意思を確認をしたいのですが、どうされますか?」
僕は、突然の出来事にしばらく呆然としていた。
「もしもし。多田くん。」
「あ、ありがとうございます。信じられなくて。もちろん、入ります。よろしくお願いします。」

電話を終えると、彼女が満面の笑みで僕を見ていた。
「おめでとう。約束通りお祝いしよう。」
「やったよ。ぼく塾講師になれるよ。」

週末、僕たちは以前から行きたかった、回らない寿司屋に行った。回転寿司でしか食べたことのなかった一輝にとってはじめての体験だった。

振り返ってみると、入学してから新しいことの連続だ。はじめての一人暮らし、はじめての大学生活、はじめてのアルバイト、そしてはじめての高級なお寿司。毎日が新鮮で、充実な日々の連続だ。

店に入ると、店内は常連のおじさんたちでいっぱいだった。
「いらっしゃい。」
「すいません。2人入れますか?」
緊張していて、声が小さい。
「大丈夫ですよ。こちらにどうぞ。」
僕たちは、座敷の部屋に案内された。

部屋に入ると、僕たちは厚い座布団に腰を下ろした。外をみると、美しい庭園が広がっており、池には色とりどりの鯉が悠々と泳いでいた。趣のある雰囲気を楽しみながらお寿司を食べることができるのがこの店の強みだ。

メニューをみると、上から「松寿司」「竹寿司」「梅寿司」の3つがあった。それぞれ、5000円、4000円、3000円とかなりの値段だ。僕たちは、謙虚に梅寿司を選んだ。

お寿司が来ると、彼女は、早速、大好物の中トロから食べはじめた。
「やばい。めちゃくちゃ美味い。回転寿司とは格が違う。」
「先に食べちゃうの?もったいない。」
僕はというと、彼女とは逆で、美味しいものは最後に残しておくタイプだ。

僕は、ひとつひとつ美味しさを噛みしめながら食べていた。そして、最後の中トロを口に入れる。
「くぅー。うまい。」
食べ終わると、僕は、冷静に今の状況を分析した。

僕には、彼女がいて、何の取り柄のない自分が塾講師として頑張ることを応援してくれている。こんな幸せで充実した生活なんてない。僕は、幸せを充分に噛みしめた。

「今日はありがとう。オレ塾講師として頑張るわ。絶対すごい先生になる。」
「なに。すごい男らしいんだけど。」
僕は講師としてまだ始まったばかりだ。これからたくさんの困難があると思うけど、なんとか乗り越えることができそうな気がしていた。今日は、毎日の積み重ねが自分を成長させていると実感できた一日だった。僕の塾講師としての挑戦はまだまだ続く。

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

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