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[小説] 講師面接

 連作短編「塾講師日誌」です。気の弱い大学生、多田一輝が塾講師にチャレンジする物語です。今回は、2話『講師面接』です。
 話の続編を定期的に更新していきますが、一つひとつの作品は独立しているので、前のエピソードを読んでいなくても、読み進められるようになっています。→アーカイブは、こちらから読めます!!

いよいよ待ちに待った日がやってきた。大学から帰ってきた僕は、すぐさま身支度を始めた。念入りに書いた履歴書と年季の入った筆箱を鞄の中に入れる。

慣れないスーツに身を纏い、ネクタイをキツく締める。ネクタイなんて入学式ぶりだ。といっても、3ヶ月前の話。鏡の前で何度も何度もやり直して、20回目くらいで、なんとかそれなりの形になった。

家を出ると、野良猫がいつものように僕を見つめていた。でも、どこか不安そうだ。僕は猫に「がんばってくるね」と声をかけて、その場を去った 。

それから、自転車にまたがり塾へと向かう。塾に向かうまでの間、僕は色んな思いを巡らせていた。テストの点が悪くて面接に落ちたらどうしようとか、塾の雰囲気が悪かったらどうしようとか、そんなネガティブなことばかり考えていた。

まわりにも塾のバイトに落ちた人がいた。別に性格に難があるような奴ではない。勉強ができないような頭の悪い奴でもない。彼の話を聞いた時、塾の面接官は、採点基準の曖昧な面接で、ひとが欲しいか欲しくないかのゲームをしているように思えた。

そんなことを考えているうちに、昔のことを思い出した。小学生の頃の話だ。僕は、お昼休みにクラスの友達とドッジボールをしていた。もちろん、やりたいと思ったことは一度もない。ひとりぼっちになるのが嫌で、しょうがなく参加していた。

ドッジボールのチーム決めの際、クラスのリーダー格の2人がジャンケンをして誰が欲しいかを決めていた。いわゆる「いるいらんジャンケン」だ。

彼らは、「いる、いらん」の掛け声でジャンケンをする。ジャンケンに勝った者がチームに誰が欲しいかを先に選ぶことができる。そんな残酷な取引だ。僕は毎回選ばれるのはあとだった。だから、いつも「神様、早くして」と、心の中で手を合わせる。それでも、いつ選ばれるかなんてわからない。2人の人気者のさじ加減次第だ。

そんな昔の思い出に耽っていると、気付いたら、塾に着いていた。
「思ったより高いビルだ」
僕は、階段をゆっくりと上り、緊張した面持ちで、塾の扉をそーっと開ける。

「すみません。面接で来たんですけど」
「お待ちしてました。こちらへどうぞ」

「よかった。松岡さんだ。」
僕は心の中でガッツポーズをした。知ってる人かそうでないかでは訳が違う。

ついて行くと、教室に案内された。教室の中は、想像通りの「ザ・塾」といった感じだ。20人分くらいの座席がならび、壁には、「Keep On Learning」という貼り紙が掲げられていた。おそらく、このKOLという塾は、Keep On Learning(学び続けろ)の略なのだろう。

僕は、履歴書を渡し、席についた。松岡さんはホワイトボードの前に立っている。まるで僕がこれから授業を受けるみたいだ。

「まずは、KOLの塾のシステムについてお話します」
松岡さんは塾の説明を始めた。

面接は、僕が想像していたモノではなかった。面接官の質問に答えるよりは、松岡さんの話をただひたすら聞くといった感じだ。塾の方針や考え方などの説明を聞いて、メモを取っていく。ところどころで質問を求められ、これまで頑張ってきたことであったり、自分の過去の経験を話した。

「今まで塾に通ったことある?」
「はい。あります。」
「どんな塾だった?」

話をしているうちに、僕は先生としてではなく、生徒として塾に入るのではないかと思えてきた。それくらいアットホームな雰囲気で自分を受け入れてくれた。

説明が終わると、いよいよテストの時間がやってきた。

試験は英語と数学の2科目。制限時間は、1科目30分。かなりハードだ。でも、解いてみると、そんなに難しい問題はなかった。中学レベルの簡単な問題に少し高校内容が入っている程度で、数ヶ月前まで受験生だった僕にとっては朝飯前だ。今まで受けたテストで一番簡単かもしれない。

それでも、タイムプレッシャーの中、必死に問題と格闘していた。まるで、サッカーをしている時のように、汗をかきながら、懸命にボールをゴールまで運んでいく。スピードが命。問題の答えを書きながら、同時に、次の問題を見ていた。これは、いわゆるゾーンに入っていたのかもしれない。

「はい、終了!!」
松岡さんの掛け声で試合は終了する。試合が終わったが、まだ勝利したかどうかはわからない。アディショナルタイムもない。その点はサッカーとは違う。

「どうだった?」
松岡さんはすぐさま感想を聞いてきた。
「いやぁ、難しかったです。とくに数学はしんどかったです」
数学は本当に自信がない。でも、英語はできた。だから、塾講師になれるかどうかは数学にかかっている。僕はまた心の中で手を合わせた。

それから、松岡さんに挨拶をして塾を出た。階段を一段一段ゆっくりと降りながら、やり終えた達成感とやりきれない気持ちの両方を感じていた。

「面接はひとまず大丈夫だと思うが、テストで失敗したかもしれない。」
「こんな人間が先生になってもいいのか」
考えすぎると、とことんまでネガティブになってしまう。悪い癖だ。

外を出ると、すっかりあたりは暗くなっていた。まるで今の心境を表しているみたいだ。僕は、信号が変わるまでの待ち時間、愛しの彼女にLineを送った。

今、面接終わった。塾講師になれるか分からないけど、ベストは尽くした。あとは、結果を待つだけ。

気付いたら、こんな文章を打っていた。数秒前までどんよりとした気分でいた僕だが、彼女には男らしい姿を見せたいのかもしれない。

おつかれ様(*^^*) ホントよく頑張った。受かったらお祝いしよう😆

彼女はいつも僕の味方だ。僕は、自分が今必要とされていることに改めて気付かされた。

信号が青になると、夜の街を颯爽と駆け抜けて家まで帰った。

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

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