銀河通信 その4 ALIEN DANCE 2

 私と龍樹(たつき)は、特に待ち合わせをしたわけでもないけれど、ほぼ毎日のように夜の図書館で会った。館内のロビーにある噴水のそばで。ベンチに座って。外庭の芝生の上で。そうしてお互いの好きな本やCDを交換したり、私が作ってきたおにぎりやサンドイッチを、庭の芝生でもぐもぐ食べながらおしゃべりしたり、帰りは家の前まで送ってくれたり、傍からみていればまるきりデートのようだったろう。けれど、二人の間に、そういう色恋沙汰になりそうな気配は何も無かった。なんとなく、小さな動物が身を寄せ合ってあたためあっているような、そんなほんのりとした、あたたかい居心地よさがあっただけだった。
 ある日、幼なじみの女の子とバスで一緒になり「素敵な彼氏が毎日家まで送ってくれるんだって? 結婚も近いとか?」と、とうとつに言われたときは、びっくりした。なんでこんなことを言うのか? それから、奇妙な誤解はあるにしても私を“毎日送ってくれる”人がいるという事実を、たいしてつきあいもない彼女が知っているのは何故か?
 私は今までにも変な誤解をされることがよくあったけれど、でもやっぱり、いい気持ちではなかった。それが顔に率直にでていたのだろう。彼女はまるで私に弁解でもするように言った。
「噂になってるもん」
 私は不快だった。
 なんで? 関係ないところで、何故へんな噂になっているのだろう?
「そんなでまかせ、誰が言ってるの?」
「紗季(さき)ちゃんの家の玄関が、唯美(ゆいみ)のマンションの窓から見えるんだって。毎日かっこいい男に送らせてるのが見えるって、言ってたよ。いいじゃん、羨ましがられてるんだよ?」
 私は、ずしっと胃に重いものを感じた。
 見張られてるみたいで不快だったし、それを好き勝手に言いふらされるのも、関係ないひとにあれこれ憶測されるのも、干渉されるのも不快だった。
 なにより、近所に住む幼なじみの唯美の、その行動パターンがあいかわらずで、思い出したくない過去を思い出させた。不愉快でたまらなくなった。
「それ、でまかせだから」
 興味津々という顔で、幼なじみは、別の情報を私から引き出せるのか待っていたようだったが、私はどっとへんな疲れが襲ってきて、一気に気持ち悪くなった。
「ごめん、バスに酔ったのかも。ちょっと休むね」
 そう言って、座席に深く腰掛けて目を瞑った。昔から乗り物酔いがひどく、小学校のバス旅行でゲロ袋を彼女に持っててもらったこともあったので、幼なじみは
「だいじょうぶ? あいかわらず、乗り物酔いするんだね」
 と心配してくれた。
 根は優しい、親切ないい子なのだ。ちょっと、噂が好きなだけで。女子はだいたいそんなものだ。悪気もないのだ。地球に生きるには、そういうことに、慣れないといけない。宇宙人、の私はそう自分に言い聞かせた。
 この地球で生きる人間は、自分をちゃんとほんとうに大切にしたり知ろうとする代わりに、他者に必要以上の関心を示したり干渉したりすることを、必要な能力のように思い込んでいる。そうして、何故か自分の存在を、狭い古い価値観や何らかの奇妙な信念の階層システムにあてはめたり、他者との位置関係から上げたり下げたりして悦んだり傷ついたりする奇妙な習慣を何故か刷り込まれている。
 それがいいわるい、というより、そういう人が無自覚に出している何らかのエネルギーは、他者を自分の都合のよいように思い通りにするための何らかの圧を必ずもっている。
 それが、ひどく私には不快なものとして妙な疲れを感じさせる、それだけのことなのだ。
 会話を終わらせたことで、少し私は気分が楽になってきた。
 私に今にも絡みつこうと伸ばされていた彼女のみえない触手は、するするとほどけ、それは別の対象を見つけたようだ。彼女は目の前の携帯端末に集中していた。
 何らかの圧、とは、つまりそこに不自然なエネルギーの使い方があること、なのだと思う。歪みのような摩擦のような、滞ったり澱んだりする何かを生じさせる、そこに巻き込もうという渦のようなものが生じるということだと思う。
 それはみえない触手を伸ばして、相手をほんとうにつかんだりたたいたりつねったり(?)のばしたり(??)ちぎったり(???)こねたり(まるでパン種でも作って遊んでいるみたいに)している。
 そうして相手の持っている自然なエネルギーの形を変えたり奪ったりしているのだ。たいして悪気などなく。むしろいいこと、コミュニケーションとは、他者と関わるとはそういうもの、と思っていることもあるだけなのだ。たぶん、そのひとたちの親とか周りが当たり前にそうしているから。そのひと自身もそうされてきたから。
 でもそれは、そのひと自身のことも他者の都合でみえない触手に絡みつかせてしまうことを自分で許すこと。それを自分で選んで、本当のそのひと自身の本来の自然なエネルギーを小さく弱くしたり固くする、そういうものなだけなのだ。
 バスの窓から流れる景色を眺めながら、私はぼんやりと考えていた。
 そうか、龍樹には、この奇妙な地球人の習慣、が見当たらないのだ。だから一緒にいると自然なのだ。楽なのだ。おお、そうか。そうだったのか。なるほど。でもそれは、どうしてなのだろう? 
 よし、今度会ったら一番にきいてみよう。
 今日この幼なじみに会ったのは、まだ開けてないプレゼントがまだここにあるよ、と私に知らせてくれるみたいなものだったのかもしれない。なんだ、そうか。彼女は、まだ知らない新しい何かがあることを、私に伝えにきた天使みたいなものだったのか。
 私は新たな発見にちょっとわくわくしてきた。
 私、龍樹のこと、知りたい。
 おしえてほしいことが、たくさんあるから。
 それは、どきどきして、ちょっと不安なような、でもわくわくするような、そんな心地のよい感じ。おなかのまわりから胸の中心を通って、のどのまわりまでもが、あたたかい。微細な振動がここにあって、あたたかく、たのしく、蛍みたいにぴかぴか光っているみたいだ──仲間を、求めて?
 ああ、他者に関心を示す、とは、本当はこういうことなのかな?
「ありがとう」
「えっ、何?」
 とうとつに私が振り向いてそう言ったので、隣で携帯端末を見ていた彼女はびっくりして顔を上げた。
「何でもない。ただ会えてよかったなーって思ったから」
 私がにこっと笑ってそう言うと、彼女はきょとんとしていたけれど、紗季ちゃんは変わった子だから……とでもいうようにちょっと苦笑した。けど、ちょっと嬉しそうだった。
 ああ、彼女のおなかのまわりから胸のあたりにも、ぽわんと何か明るいものが明滅してる。それは彼女の自然なエネルギーで、それがちょっと強く光っているのだ。きれいなかわいい光だった。
 なるほど、こういうことなのか。
 私はひとりで納得していた。
 そうか、やっぱり。彼女は天使だったのだ。


 

 


 

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