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明日へ向かって 58

 秋になるとほぼ毎週のように啓大は東京へ通いつめた。無論、モスキートーンのレコーディングである。
 レコーディングは通常、パートごとに音録りをしていって、最後にミックスダウンという行程で音を重ねることでひとつの曲になる。大抵は、ドラム、ベースとリズム隊の音録りをしてから、ギターとボーカルを重ねることが多い。そのため、啓大とテツオがレコーディングスタジオに通わなければならない回数は必然的に多くなってしまう。ジェイとアキラは自分たちのパートを録り終えると、東京へ行くことはなくなったが、ミックスダウンを終える完成間近になるとまた四人が東京に集まった。
 レコーディングは、東京を中心に活動するバンド、ホーリーワークスがよく出入りする新宿のスタジオで行われた。
 スタジオの空き時間と、おもに啓大の仕事の都合に合わせて、毎週末の深夜を徹しての作業となった。モスキートーンとホーリーワークスはそれぞれ四曲ずつレコーディングした。
 CDの前半は、ホーリーワークスで後半にモスキートーンの曲が続く。「明日に向かって」では、ホーリーワークスのメンバーもコーラスに加わって、大合唱のうちにCDはエンディングを迎える。
 アキラはバリアツイと連発し、ホーリーワークスのデイヴさんも久々にエキサイティングで鳥肌モンのレコーディングだったと喜んでくれた。
 斯くして、めでたくモスキートーンとホーリーワークスのオムニバスCDは年内に完成し、ホーリーワークスのインディーズレーベル、その名もホーリーレーベルのホームページにて大々的に宣伝された。
 まもなく全国チェーンのCDショップにも置いてもらえることになり、それと同時にCD発売を記念して、ホーリーワークスとの全国ツアーも決まった。
 年明けの二月から春までに北は仙台から南は宮崎まで、合計十二カ所のライブが予定された。中には平日の、しかも遠方でのライブも含まれている。啓大はいくつか有給休暇を取って対応せざるをえないことを覚悟した。

 年末で慌ただしさを迎える中、オープンディスカッションの定例会は開催された。
 参加者は、長原と啓大と希美の三人と榎本、そしてこれまでに何回か参加してくれたことのある研究員が他に二名いた。
 年末ということもあり、ひとつの区切り目として、ウェルネスプランの城戸も参加した。
 前回までに盛り上がっていたのは、医療現場を見学してみたいという話題だった。以前のオープンディスカッションで啓大が、医師にどんな薬がほしいか聞いてみると言った何気ない一言から端を発していたが、実際の医療現場で自分たちの作った薬がどのように使われているのを見て研究に役立てられないかと皆も考えたからである。
 そして今回のオープンディスカッションで榎本が知り合いの医師を通じて、実際の医療現場を見学できそうだという報告があり、さらに話は具体的な盛り上がりをみせた。
 榎本さんって、医学部出身だったんすか?という啓大の問いに、榎本の意外な過去が明らかになった。
「いや、高校の詩吟部のツレが医者をやっててな」と榎本が答えるのへ、
「へえ、榎本さん、詩吟やってたんすか。一曲お願いします」と啓大がすかさず突っ込むと、
「詩吟はな、一吟って数えるんだ」と榎本が笑ってそれに応じた。
 榎本が連絡を取ってみると、高校の同級生は二つ返事で病院の見学に応じてくれたという。場所は神戸ということもあり、見学希望者は多数出た。しかし、病院という場所柄あまり大人数で押し掛けてもよくないだろうということになり、結局、見学者は榎本と長原、啓大、希美の四人に決まった。

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