ズームバック×オチアイ#3から知る半歩先の未来 「同調圧力を渡り歩く」
落合陽一さんがハンドパンを軽やかに演奏するのが見所の⁈ズームバック×オチアイ#3。
ハンドパン、いい音色。。
テーマは「自粛の半歩先」。
自由と尊厳を重んじる諸外国ではありない「自粛」という独自の対応、利他的と賞賛されるマスク着用の浸透に対する分析を通じて日本社会の「同調圧力」のあり方を深掘りする。
同調圧力‥‥日本的空気、不文律、明文化されない集団の関係性、「俺とお前の仲だろう」という文化的背景が共有されていない限りにおいて他者を排除する。
ネガティブな印象の強い同調圧力。
けれど、落合さんはフラットな視点からも同調圧力が秘めるものを分析する。
暗黙知、ソフト的なアーキテクチャ、グルーブ、バイブス、リズム‥‥
半歩先の未来として、日本的な同調圧力は利用できるという。例えば、コロナ禍で変化が求められる時代のビジネスでは、近い関係性の小さなグループの方がよりスピーディーに動くことができる。
(暗黙知、アーキテクチャを土台にした小さな組織のスピード感で、良いグールブ・バイブスを生み出しながら課題を達成していく、というイメージだろうか。)
同調圧力を良い形で利用するとしても、個としてどう同調圧力と向き合っていくか。
同調圧力=偉大なる虚無
同調圧力だと見えているものっていうのは偉大なる虚無っていうか。
でも、どこでも世界と繋がってるのは、多分気のせいで。いつでもどこでも世界と繋がっていない自分みたいなものも多分存在してると思うんですよ。
同調圧力と個人、その関係性のなかに絡めとられるのではなく、個人が同調圧力を「虚無」として見つめる。
だから、いつでもどこでも繋がっていない自分自身みたいなものを作る。少なくともこの世界から断絶している瞬間を意図的に作る。ネットワークからいなくなる瞬間を自分で意識するのが大切。
ちなみに落合さんは自転車に乗っている時間が断絶の瞬間だそう。
耳と目を閉じ、孤独に暮らす時間を何%か持てってことですね。
同調圧力に生きづらさを感じるならば
同調圧力に苦しくなる瞬間は誰にでもあるものかもしれない。その時、同調圧力を解体しようと試みたところで無力だろう。
落合さんはこう提案する。
今、同調圧力に生きづらいと思ったら、自分が納得できる同調圧力を持ったコミュニティーに動く。それが意外と本質論に近い気がする。
日本ならば、どのコミュニティでも同調圧力は程度の差はあれ働いているのだろう。
同調圧力そのものを否定してしまうと、日本で生きること自体が苦しくなる。
なので自分の基準で選び、違う同調圧力に飛び込む。いくつもの同調圧力を渡り歩く。
違うコミュニティーに属すれば、コミュニティーごとに違う自分がいてもいい。
それは仕事のコミュニティーかもしれないし、遊びのコミュニティかもしれない。
インターネットによりコミュニティを選ぶことは容易くなった。その意味で同調圧力からまた別のコミュニティに移動することも難しくはないのかもしれない。
同調圧力は「勢いのある空気感を生み出す仕掛け」として活かしつつ、個人は「同調圧力は虚無だ」とひそかに思いながら軽やかにコミュニティを渡り歩く。
それが半歩先の未来、というところでしょうか。
以上、まとめさせて頂きました。(まとまっているのか?)
お読みいただきありがとうございます。
ズームバック×オチアイ#3はボンヤリ考え事をしながら見ました。
(そういえば、大学の時、やたら「バイブス」って言いたがる友達がいたなぁ。。)
(「虚無」って言葉、久々に聞いたな。)
(もう、同調圧力≒コミュニティ。。単なる否定より、これはずっと達観してるなぁ。)
初回、前回よりもゆるりと観れる感じだったのかな。遊びがみえて、面白いです。
次回、テーマ「教育」。予告で息子さんの声が紛れ込んだりして、なんだかホッコリしました。
楽しみです。
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