ウイニングスイム
4年ほど前、沖縄に1人で旅行をしに行ったことがある。当時会社勤めをしており、仕事で溜まりに溜まったストレスを解消するのが目的だった。
那覇空港に降り立ち、よれよれのアロハシャツを着こなす現地住民とすれ違ったところから俺の旅行は始まった。
11月。この時期は気温も適温で暑さに無駄なストレスを感じることもない。かつ晴天。最高。沸き立つ高揚を抑え、ストレス解消プランを確認する。
那覇空港からレンタカーを借りて北上。首里城を闊歩し、万座ビーチで海水浴、アメリカンビレッジで夜景を見てホテルに向かう。夜は国際通りで、ソーキそば、ラフテー、ゴーヤチャンプル、海ぶどう。るるぶを開いたら1ページ目に出てくるような沖縄ド定番フルコースを食い荒らし、オリオンビールと泡盛で胃に流し込むんじゃい。完璧。
「ベタですねぇ。もっと違うプラン考えられないの?」
頭の中で、スーツに身を包んだ意識高い系観光コンサルタントにダメ出しされる。
「もっと差別化を図ってですねぇ」
黙れ。ストレス解消にオリジナリティなんていらんのじゃ。頭の中でコンサルタントをタコ殴りにしてレンタカーに乗り込む。
勢いよくエンジンをかけ発進。気分を上げるため、窓を開け風を全身に浴びながら、車内で沖縄出身アーティストメドレーをかける。
ORANGE RANGE→かりゆし58→MONGOL800。変化をつけてフィンガー5。
「ベタですねぇ。ここは逆に北海道出身アーティストで」
起き上がってきたコンサルをもう一度リングに沈める。
旅行は順調だった。車内で歌っている間に首里城に到着。一通り満喫し、再びレンタカーに乗り込んで熱唱する。どんどんストレスが体内から消えていくのが感じられた。
そして一番楽しみにしていた万座ビーチへ到着。11月ということもあり、沖縄といえ海で泳いでいる人はほとんどいない。今からこの海を俺が独占できるんだ。水温は低いが、そんなの関係ねぇ。ナチュラル小島よしおが飛び出したところで、急いで持ってきた海パンに着替え、車を飛び出し、砂浜へ走っていった。
砂浜と駐車場の間には背の高い樹木が密度高く並んでおり、樹木を抜けるとそこには大海が広がっていた。俺は両手を広げ、30°ほど上を見上げた。ウイングに強制的に念を覚醒させられたゴンのごとく、勢いよくストレスが体外へ放出されていく。
よし。海に飛び込み癒しの絶頂へ行こう。そう思い海へ駆け出そうとした時、遠くから騒がしい声が聞こえてきた。
声がする方を見ると、そこには金髪・赤髪・青髪が7:2:1の割合で構成される30人程の高校生集団がいた。
「あらー、カラフルなこって。」
心の中のおばちゃんが手をひらひらさせながら呟いた。
最悪や。終わった。
大人の階段絶賛駆け上がり中の多感な時期、ましてや校則ガン無視で躊躇なく毛髪を染め上げる若者が、サラリーマンの11月単独海パン遊泳を黙認してくれるはずがない。人で溢れていたらまだしも、その場には俺と高校生集団以外に人はいなかった。このままだと必ずや嘲笑の対象にされる。
どうする。奴らはゆっくりこちらへ向かってくる。どうやらまだこちらには気付いていない。奴らは一通り遊び終わり、駐車場へ帰る途中のようだ。
どうする。
俺は選択を迫られる。
引き返す?
いや、こちとら有給取って来とんじゃい。何で年下にビビって、せっかくのストレス解消のチャンスを失わないといかんのよ。
一旦隠れる?
どこによ。樹木の陰にかい。沖縄来て大木に身を潜める海パンサラリーマン見た事あんのかいな。
逆に喧嘩売る?
いや流石に意味わからん。有給取ってきたのに「海パンサラリーマン、ビーチで地元高校生集団と乱闘。」で沖縄の地方ニュースには載りたくない。
どうする。もう時間がない、、、これだ。覚悟を決め、海に飛び込む。選んだ選択肢は
「何も気にせずはしゃぐ」
ただこれをやるには自分を騙す必要がある。だって怖いもん。「お前らなんざ何も怖かないんじゃ」と大阪の街中にいるヤバいオッサンを自分に降ろし、奴らに聞こえないボリュームで(確実に絶対に聞こえないボリュームで)「ひゃっほい」と叫んで飛び込んだ。(叫ぶというより、こぼすという表現が適切なくらい声の飛距離は短かった)
海に入ってすぐ、クロールで出来るだけ沖のほうへ向かう。幼少期スイミングを習ったはずなのに、水泳初心者くらいクロールがぎこちなかった。
気付くと、さっき放出したはずのストレス達が体内に戻り、全身を包んでいた。(これが念だったら修行成功なのに)
ある程度泳いだところで奴らのほうへ視線を向ける。奴らは徐々に近づいてくる。やっぱ恥ずい。絶対気付かれる。いやもう気付かれていてもおかしくない。
そうだ、潜ろう。
何を隠そう。私は肺活量が6000ccある。成人男性の平均が3000〜4000ccだからおよそ2倍だ。健康診断で初めてこの記録を叩き出した時、普段は「病院内ではお静かに」と病院の静寂を守る立場の看護師たちがスタンディングオベーションを起こした程だ。
潜水のベスト記録は3分半。どうだいけるか。微妙か、、、
「大丈夫です。カラフル高校生集団の現在地、歩くスピード、駐車場の位置から計算すると、多少のバッファを加味しても3分半耐えれば凌げますよ。」
顔が腫れスーツがボロボロになったコンサルタントが俺に言う。
ありがとうコンサルタント。俺は大きく息を吸い、鼻をつまみ、沖縄の海へ潜った。そして子供の頃お風呂の中でそうしたように、「いーち、にー、さーん、」とカウントを始めた。
緊張と焦りのせいか、2分超えた辺りで息がキツくなる。だがここで顔を上げたら台無しだ。サラリーマン11月単独海パン遊泳だけでも、一週間会話のネタにできるような奴らに「潜水サラリーマン」というおかずを与えてしまう。
我慢しろ。我慢しろ。しかし3分を迎えたところで限界がくる。もう無理だ。
できるだけ水しぶきをあげないように顔を出す。顔にまとわりつく水滴を払い、急いで奴らを確認する。そこには、雑談をしながらゆっくりと駐車場へ帰っていく奴らの後ろ姿が見えた。
勝った。
もう俺を邪魔する者はいない。身体にまとわりついたストレスたちは再び放出を始め、我覇者なりと俺はウイニングスイムをかました。
バタフライ、背泳ぎ、平泳ぎ、クロール。幼少期に習得した全ての泳ぎ方で沖縄の海を堪能する。緊張が解け、ぎこちなかった泳ぎも徐々に幼少期の感覚を取り戻す。気付くとストレスは完全に消え去っていた。本当に来て良かった。これでまた仕事を頑張れる。ありがとう沖縄。ありがとうコンサルタント。翌日風邪を引いた。
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