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GO AHEAD KUMAMOTO 2019 EX. (天国の階段は昇るのではなく下る)

「この肉の階段は、昇るんじゃなく下るんですよ」

地元でブレンドしたというウイスキーを出しながら、マスターは言った。
熊本の街をぶらついていてたどり着いた肉バル『グルマン』。
結構有名な店なのか、お笑い芸人の千鳥のサインが飾ってあった。

まず最初に、馬刺しを頼んだ。

生肉は長い間苦手だったけれど、GWに友達と行った都内の九州料理でいいものを食べて、苦手意識がなくなった。
内臓系の肉も、昔串焼き屋に通っていた時期に克服していた。

まずもも肉、ひも肉、たてがみと食べていった。

なんとも旨みのある、そして噛み締めるほど味の出る素晴らしい肉だ。

そして大トロ。
これは噛まずとも舌の上でとろけてしまう旨みのエキスの塊。
甘口醤油とニンニクのアクセントがよく効いていて、溶けてしまった旨みの思い出を舌に呼び覚ます。

レバーは最後に食した。
一番クセのある肉なので、最初に食べると他の肉の味がわからなくなってしまうらしい。
しかし口にすると妙な血生臭さもなく、爽やかさすら感じさせる淡い苦味を胡麻油の香ばしい香りが包み、ふっと消えてしまった。
昔よく行っていた串焼き屋の女店長にした、夏の通り雨のような儚い恋のように。

酒をビールからウイスキーに変えると一緒に、二品目も物色する。
バーカウンターの隅に、木製の階段状の器が置いてあるのが見える。
「肉の階段」、だそうだ。
地元の牛の大トロやらフォアグラやら、上質な肉が上から順に並んでいる。
薬味は塩や柚子胡椒などシンプルなもので、肉自体の旨みを味わう趣向。

「天国の階段は、昇るんじゃなく下るんですよ」

食べ方を聞いた時、マスターは言った。

いや、単純に冷めないうちに旨い肉から味わうのがいい、という意味なのだけれど。

しかしこの食べ方に従うと、肉の旨みがよく味わえる。
塩を少しつけることでかえって旨みが引き立つあの舌の上のハーモニー。
どの肉もそれぞれの命を生き終えて、ここに供され、出会った奇跡。
天国の階段を一段下るごとに、その命と業を引き受け、ここまで下りてきたのだな。

最後の肉と三杯目のウイスキーを飲み終えた後、ほろ酔い加減でそんなことを思った。

日曜日の夜ということで、閉店は早かった。
マスターに店を教えてもらって、はしご酒をする。

その後は実は記憶が曖昧だ。
少し飲みすぎたのだろう、いつの間にか夜の街、そして熊本城近くをさ迷っていた。
自分自身で下りてきた、「地獄」を巡礼していたらしい。

地獄から這い上がりホテルに帰りシャワーを浴びていると、突然チャイムがなる。
浴衣を羽織って出てみると、明るい茶髪の、着飾ったグラマーなギャルが首にしがみついてきた。

「まだまだ地獄に堕ちていくのだな…」

彼女の柔らかい肉を抱き締めながら、心の中でそうひとりごちた。

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