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短編小説

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今までのお話をまとめました。隙間時間に寄り道がてら、読んでいってください。
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月と私の内緒ひとつ

涼しい風と鈴虫の声。月がきれいですねなんてセリフがぴったりな秋の夜長。 明日は中秋の名月が見れますねって昨日後輩は言っていたけれど、灰色に覆われた空模様から察するに、どうやら今年は名月を拝めそうにない。アイラブユーを月がきれいですねと訳すなんておしゃれすぎて、いまいちピンとこないけれど、今の私にはそんなことどうでもよかった。 あと少しで終業を迎える時間帯、頭も体も完全に帰宅モードだった。そこでミスが発覚し、残業を強いられる羽目になった。 働き方改革だなんだで、なるべく定

青すぎる空と共に

放課後。夕方の教室。紙が擦れる音。セミの声。グラウンドから聞こえる部活動の掛け声。それらをBGMに、机を向かい合わせにして、ノートにシャーペンを走らせる。 二つの机がくっつくことはない。開いた隙間は境界線のようで、これ以上縮めてはいけない彼との関係を表しているみたいだ。でも、そうせざるを得ない訳も身の程も、きちんとわきまえているつもり。 モデルの仕事をしている彼。学校を休んで東京に行くこともしばしば。詳しくは知らないけれど、オーディションや撮影があるらしい。 休んだ分の

クロと僕と君と夏

大学に住み着いた猫。真っ黒だからクロすけと呼んでた僕と、ゴマと呼んでた彼女と、名前のない黒猫の、一夏の物語。 教授が体調不良のため今日の授業は休講。これだけ暑けりゃ体調もおかしくなるわなぁ。日本の夏蒸し暑すぎるよなぁ。働かない頭でそんなことを考えながら、突然できた空き時間に暇を持て余していた。特にすることもなく、校内をてきとうに散策する。歩いてみると意外と行っていない場所もあり、通い慣れたはずのキャンパスがなんだか新鮮に感じられた。 いつもは前を通り過ぎるだけの、校舎と校

炭酸のプールに落ちた夏、始まり

いつも通りの夏になると思っていたあの日。ぼくは、炭酸のプールに落っこちた。 何の変哲もない見慣れた通学路。暑すぎて我慢できず、片手には駅の自販機で買ったサイダー。肌が焼けていくのを感じながら、なるべく日陰を選んで歩く。昨日までの雨が嘘みたいな快晴。 のろのろ歩きながら、腹減ったなぁなんてのんきに考えていた。だから、曲がり角から人が来ていることに気づけなかったんだ。 突然視界に入り込んできた人影。ぶつかりそうになって、急いで一歩下がる。顔を上げた先に、驚いた顔のきみ。先週

泣くほど誰かを好きになる日

放課後。夕方の公園。ブランコで一人、待ちぼうけ。時々携帯を気にしながら、ちょっとドキドキしながら、ゆらゆら空を眺めて時間をつぶす。というのも、今日は友達の一大事なのだ。 バイトがない日の放課後は、通学路の途中にあるこの公園で二人、よく恋話をした。彼女は高校入学後最初にできた友達。楽しそうに話すのを隣で聞いて頷いて、理想のタイプについて一緒に盛り上がっていたのが一昨日。そして昨日。 「決めた。明日、告白する。」 突然そう宣言した彼女。何が気持ちに変化を起こさせたのかはわか

寄り添う陽だまり

定時で上がれた木曜日。ちょうどお風呂を済ませたタイミングで、見計らったように電話がかかってきた。画面に表示された名前に、嬉しさと少しの緊張。思わず前髪を指で整えてしまった。一呼吸置いて、通話ボタンを押す。 「お、出た。もしも~し、彼氏で~す。」 おちゃらけた様子でちょっとからかうような、調子のいいいつもの声。 「もう家やんな?」 「うん、お風呂入ってた。」 大阪から東京へ、東京から大阪へ、「ただいま。」「おかえり。」なんて変な感じだけど。 温かくて、とても優しい元気印

腕の中の陽だまり

冬の終わりぶりに会った彼女の髪は伸びていた。 東京に住む日菜が初めて大阪のこの部屋に泊まりに来た日。確かあのときも同じくらいの長さだった。お互いの呼び方が、大晴くんからたいちゃんに、日菜ちゃんから日菜に変わり始めたばかりで、付き合いたての気恥ずかしさをまだ少し引きずっていた頃。 あの日と同じ、泊まりに来た日菜の机を拭く後ろ姿を見て、夕食後の洗い物をしながら、そのときのことをぼんやり思い出していた。 先に日菜をリビングに通して、台所でコップにお茶を注いでいた。会話の途中、

私はあの子にはなれない。あの子も私にはなれない。

 幼なじみ。幼少期からの顔なじみで、腐れ縁の一生ものの友達。世間一般ではきっとそんなイメージ。一見聞こえはいいが、私にとってはあまり心地のいいものではなかった。むしろそれが、幼なじみの存在が、コンプレックスの原因だった。  出会いは幼稚園まで遡る。怜菜とはマンションが隣同士。もちろん学区も同じだったため、幼稚園から中学校までずっと一緒。何度も同じクラスになった。香奈と怜菜で奈菜コンビ、なんて幼稚園の先生たちから呼ばれたこともあった。何をするにもいつも一緒。断片的な記憶の中で

窓辺の天使

バイト終わり、土砂降りの雨。雨脚が弱まるまでの数時間、雨宿りのつもりで駆け込んだ図書館。窓際の端から3番目。その席に僕は、天使を見つけた。 ・・・  土曜日。バイト終わりの昼下がり。さっきまで晴れていたのに、突然の大雨。傘なんて持っていなくて、困り果てた。まだ寒さの残る冬と春の間。雨で体が冷える。ずぶ濡れで帰ったら風邪をひきそうで、近くの図書館で雨宿りをすることにした。図書館なんて普段来ないから、なんとなくそわそわしてしまう。とりあえず座りたくて、空いている席を探した。窓

長い長い片想いの終わりに:後編

 すっかり通い慣れた家の扉を開く。温かく迎え入れてくれるおじさんとおばさんに、いつも安心する。一時間ほど経ってから、あなたが帰って来る音。聞き慣れた大好きなただいまの声に続いて、初めて聞くお邪魔しますの声。あなたの後ろからひょこっと顔を出したその子は、リビングに入って来てからもう一度お邪魔しますと呟いた。顔が引きつるのが自分でもわかった。おばさんに手土産を渡しながら、自己紹介をするその子の隣で、あなたは初めて見る顔をしていた。この人こんな風に笑うんだ。こんな顔もするんだ。私の

長い長い片想いの終わりに:中編

 新しい消しゴムに好きな人の名前を書いて、使い切ると恋が叶う。中学生の頃一時期流行ったそんなジンクスを純粋に信じて、消しゴムの端に小さく名前を書いた。はやく使い切りたくて、わざとノートに落書きしては、無駄に丁寧に消していた。あの消しゴム、どうなったんだっけ。確か半分ほど使った頃に失くしてしまって、結局使い切れなかったような。子供ながら、いっちょ前に恋占いなんかもやってみちゃったりして。毎朝放送される情報番組の占いコーナーでは、真っ先に恋愛運をチェックした。良さげな結果が出たら

長い長い片想いの終わりに:前編

「妹ができたみたいだ。」 照れくさそうに、ちょっと嬉しそうに、あなたはそう言ったね。私はあなたのことお兄ちゃんだなんて思ったことはなかったよ。出会ってから今まで一度だって。そう思おうとしてもできなかったよ。 「俺四人兄弟の末っ子だからさ、昔から家だといつも子供扱いで。だから下に兄弟欲しかったんだよね。」 お兄ちゃんと呼ぶと嬉しそうにするあなたを、私はたかにいと呼んだ。貴裕くんって呼ぶよりそのほうが嬉しそうだったから。望み通り妹を演じて、兄として慕うふりをしながら、いつだ

雨の日が好きになってしまった

 子供の頃から雨の日が苦手だった。雨というだけで憂鬱な気分になる。退屈でしょうがない。肌寒いのにジメジメするし、靴も服もすぐ濡れてしまう。出かけようにも、雨の日に快適に過ごせる場所はあまり思いつかず、結局いつも時間を持て余す。昼寝でもしようかとベッドに横になったとき、返却期限が迫ったDVDが目に入った。重い腰を上げて着替え、窓の外を見て小さくため息をつく。財布と携帯をポケットに突っ込んで、傘を手に家を出た。帰って来たら、昼寝をしよう。  自宅から徒歩10分のところにあるレン

桜はこれから花開く、卒業の日 後編

 「少し、考えさせて。」 予想外の答えに俯いていた顔を勢い良く上げてしまった。きちんと正面から顔を見つめたのはこの時が初めてだったかもしれない。いつも横顔や後ろ姿ばかり見つめていたから。相変わらず整った顔立ち。なんて、呑気に見とれている場合ではなかった。え、考えるって、何を?クエスチョンマークが頭を駆け巡る。ぽかんと立ち尽くす。返事は今度するね。そう言い残し、大滝くんは帰っていった。てっきり振られると思っていたから、拍子抜け。大滝くんが私に好意など微塵も抱いていないことは、