がしっと心を掴まれた津田青楓展

今日は雨の中、練馬区立美術館へ行ってきました。

画像は、公式ページこちらより拝借。

動物さんいっぱい↑↓

晴れていたら、美術館の周りで、たっぷり時間を過ごせたと思える、入る前からなんだかワクワクする感じのよい場でした。

津田青楓展。

お名前は聞いたことがあるけれど、くらいの認識で行ったのですが、これがもう、キュンならぬズキューン、心を掴まれたーいや、掴まれ続けている。。。

詳しくは行って!!!ぜひ、行ってください!!!
こう誓った私は、激しくオススメしたいのです。

参りました!のポイントは、数あれど、たったお一人でこれだけのものを紡ぎ出されるってことにまず、感嘆。
1880(明治13)-1978!(昭和53)という、長い生涯とはいえ、この激動すぎる時代を生きられた方。

水彩、油彩、
本の装幀、便箋のデザイン、
晩年の、水墨画、書

絵画やデザインの素晴らしさは、こちらでも少し見れますが、もー、これだけでは全然足りない。
何を書いても全く及ばない。
その、ひとつひとつが、とても愛しい、なんでこんなに心惹かれるのかという、作品。
こちらにも詳しくありました。

今見ても、かわいい!と声のあがるようなとてもポップなものから、見ているだけでゴリゴリに精神打ち砕かれそうになるものまで。

絵画やデザインにもグッときたのですが、人となりに、こころを鷲掴みにされました。

文豪たちによる人物評です。
絵を師事したという、夏目漱石による「津田青楓氏」

『津田君の画には技巧がないと共に、人の意を迎へたり、世に媚びたりする態度がどこにも見えません。
また、何うなったって構ふものかといふ投げ遣りの心持も出てくるのです。利害の念だの毀損褒貶の苦痛だのといふ、一切の塵労俗塁が混入してゐないのです。さうして其好所を、津田君は自覚してゐるのです。』

高村光太郎「津田青楓君へ」

『ルウブルの美術館には御百度を踏みながら、行く度にエジプトやギリシャの古美術に魂を抜かれて、仏蘭西近代の絵画彫刻などを素通りしてしまった人。
あんな画がどこが面白いんだろう、つまらないねえと心からつまらなさ相に呟いた人。』

晩年は良寛に惹かれていたという、青楓。

『良寛に引きずられるのは、良寛が生涯あらゆるものに堪へしのぶことを私に教へてくれる点にある。』

そして、良寛の歌を書で残している。

「たぬしひととき」
なにごともこころにかかる/ことなくてゆにひたり/たるひとゝきたぬし
かきおへていにしへひとつ/くらべつゝ/おもひめぐらす/ひとときたぬし
そうしもおえてすぐの/ならべてまつ一ふくふかすけむりのひとときたぬし
かきおへてかべにはりつけ/よきできとすわりながめるひとゝきたぬし
おきぬけにグラスにもれる/ぶどう酒ひといきにのむひとゝときたぬし
風もなくひさしあたゝかに/なりぬときこいへふくらむひとゝきたぬし
人におくるてがみのもじの美しくかけたるのちのひとゝきたぬし
気のはらぬ人のきたりてよきはなしかわせばのちのひとゝきたぬし
かへりきてつゝみひろげて買たる本ページまくれる/ひとゝきたぬし

風もなく、とか、人におくる、気のはらぬ、かへりきて、どれもすごくうんうんと、頷きながら、たぬしたぬしとじんわり楽しい気持ちになり読んでいました。

昭和8年に戦争の影響から、思想そして作品も問題視され、逮捕されたり洋画断筆してから、ここからの、人生が50年。

どんな気持ちでこれを書いたのだろう、描いたのだろう、どれだけ想像しても、し尽くせないのだけれど、ちょっと時代が前後してしまっていますが

茅野庸々『本当に怠屈しきれ』

本当に怠屈しなければほんとの仕事にはかかれないと云って、「いつもぼんやり暮らしてゐ」て、「それでも仕事が多いやつな気がして仕方がな」く、「出来るだけ仕事をなくして、出来るだけぼんやりと怠屈にくらしたい」念願を持って居たのは可なり昔からのことであるやうに覚えてゐる』

また林要が青楓の書を好んだという。

青楓が林の家を訪ねると林は大きな硯に、墨をたっぷりすって、紙を並べて待ち構えている。青楓もついかきたくなって、又1枚、又1枚、と書き散らす。林と媒箒の荒い穂先にぼろ切れを挟んだ筆を即興的に作り、その筆により、老子の言葉から「我愚人心」
愚かであること、身に野生を宿すこと、近代の価値から否定的に聞こえるこうしたあり方は、型や法則に囚われない創造力を力として青楓が、終生追い求めたものであった。

こんなふうに、青楓は愚かであること、身に野生を宿すことを終生追い求めたという。
それにしても、この林要とのやり取りがまた、目に浮かぶ。

学芸員さんが書かれたのだろうか。
展示の言葉、文章、とても胸を打たれるものがありました。※上記背景グレー部分は、すべて展示より。

開館してくださっていたことにも、またこんなにこんなにこんなに多くのものを集めてくださった、練馬区立美術館、ブラボー!ありがとうございます!とお礼をしました。
握手したかったけれど、こんな時期なので、自粛。

自粛といえば、少しお見かけしているだけで、お手洗いを度々消毒してくださっていました。
感染が広まらぬように気をつけてくださっているんだ、そうして対策を怠らず開館してくださっているんだ、と本当に胸があたたかくなった、心揺さぶられた一日でした。

やっぱり、絵画もなんだけれど、最終的に言葉や文章、そして、歴史が好きなんだということも、改めて思いました。
きっと、津田青楓展が好きな方とは私、とても気が合う気がします。

杉並区天沼に青楓塾があり、晩年のご自宅も高井戸という、杉並区に縁のある方で、きっといろんな展示が区内でこれまでもあったかも。少し恥ずかしい気持ちを持ちつつ、これからあちこち縁の地も訪れたいと思います。

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