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時間の使い方=命の使い方

おはようございます🌱 ハヤトです。
今日も最高の1日を!

今日は僕が好きな言葉「時間の使い方は命の使い方である」について。

この言葉がどういう意味なのか。

質問です。
この世に存在するすべての生き物にとって唯一、平等に与えられているものは何でしょうか。

答えは "時間" です。
今この瞬間に自分の目の前にいる人たちで考えましょう。
本を読んでいる人。友達と楽しくワイワイ喋っている人。PCで仕事をしている人。みんな同じ "時間" という流れの中で生きています
1日=24時間=1,440分=86,400秒という時間が平等に与えられています。

そして、それぞれの生き物に取って「時間は有限」です。

生き物には必ず "寿命" というタイムリミット(終わり)があります。それが明日かもしれませんし、60年後の今日かもしれません。その終わりがいつ来るかは誰も分かりませんが、それぞれがそれぞれの持ち時間を与えられています。

つまり、「個々の持ち時間を何にどう使うか」が「生きる」ということになります。だから「時間の使い方は 命の使い方」になります。

とはいえ、人間は本来、欲がある生き物です。お金、時間、人間関係、健康、すべてを手に入れたいはずです。だからこそ優先順位をつける必要があります。
そういうときは「何に時間を使うか」ではなく「何に時間を使わないか」を決めると、自分に与えられた持ち時間を有意義に使うヒントになるかもしれません。

そしてより密度の濃い最高の時間にするためには「その瞬間に寿命を縮めてみる」というのも良いかもしれません。

同じ3分という時間においても同様に、時間の使い方は自由です。
その3分間で何を感じ、何を学び、何を得るか。これを軸に考えて行動すると、より凝縮された3分間を過ごすことができるかもしれません。「寿命を強火で使っていく」という表現が適切かもしれません。

無限に与えられていると思いがちな "時間"。死ぬ直前に何を感じるかは残念ながら、これから死にゆく人にしか分かりません。
「生きている」状態が当たり前になってはいけない反面、当たり前になってしまうのもやむを得ません。
だからこそ、今日一日何をするか、どう過ごすか。毎朝起きた瞬間に考え決断することが大切なのかもしれません。無駄にしないように努めることは誰でもできることだから。

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