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オードリー若林さんが向き合ってきた『傷』とは?

「物心ついた時から今日までの傷がなければ、土曜深夜1時から3時に12年間喋り続けることも、(中略)この本を出版することも絶対にできなかった」

「痛みを構造的に理解しようとしてきた」

「傷と向き合ってきた。それだけが今の俺を支える自信だ」


文庫版『ナナメの夕暮れ』に新たに加筆された文庫版のためのあとがきの中で、過去を振り返る若林さんから差し出されたパンチラインからは、若林さんを形作ってきたものが、傷であり痛みであり、それらと向き合い、腹に落としてきたプロセスであることが明確に読み取れた。

以前の投稿で、「人間」を鍛えるのは「経験」と「思考」であり、「経験」が「思考」を通じて抽象化され「人間」の血肉になると綴ったが、

「人間」若林正恭を鍛えてきたのは、紛れもなく傷と向き合ってきた「経験」であり、傷や痛みの正体を構造的に紐解いてきた「思考」であると今は言い切れる。


若林さんが向き合ってきた『傷』とは?

若林さんが向き合ってきた『傷』、それは狭義に対象を一括りできるものではなく、因数分解のアプローチ自体も数多存在する。

その広大な迷宮を紐解くための一歩目を、若林さんを深く理解する佐久間さんに委ねてみたい。


2021年9月の現代ビジネスのインタビューの中で、佐久間さんは、若林さんのかっこよさを『ちゃんと悩むこと諦めていない』ことと表現した。

『大前提として、僕は芸人に対して仕事仲間としてすごくリスペクトがあります。その中でも若林くんは飛び抜けてかっこいいなと思ってます。なぜかと言えば、やっぱり悩んでるからじゃないですかね。ちゃんと悩むことを諦めていないというか。悩むことは面倒くさいから、どこかで折り合いをつけていかないと人生やっていけないじゃないですか。でも若林くんは出会ったときも40歳を超えた今も、悩みながら面白いものを作ってるので、とても尊敬しています。人一倍悩んで、もがいて、新しいものを作ろうと格闘している姿が、僕にとってはめちゃくちゃ好きなロックスターとか、そういう存在に近いですね。だから、若林くんの人生に共感したり救われたりする人はたくさんいると思います』

若林さんは『おもしろい』『新しい』を生み出すために、人一倍悩む。そして傷を負う。

一般的に礼賛されるムーブは、悩まず、傷や痛みは忘れる、であり、心を蝕む過ちはなかったものとし、自分を戒める言葉を遠ざけ、世間や自分と折り合いをつける。それが心穏やかに人生を謳歌する為の知恵だと信じている。

若林さんは、自身の成長のみが未到の『おもしろい』『新しい』を生み出す源泉であると理解し、アウトプットを内省することに成長機会を求める。コンフォートゾーンの外へのチャレンジを繰り返し、クリエイティブを差し出し、内省し、そして傷を負う。

内省ほど、心を蝕むものはない。一介の会社員ですら少し油断をすると、あんな事言わなければよかった、といった自己嫌悪に頭の中を支配される。

これが、LIVEクリエイティブで勝負する芸人さんともなると、内省の対象範囲・深さは会社員の比ではなく、答えなく終わりなき自問自答による自傷が心を抉り、時に再起すら奪いかねない。

一方で、クリエイティブの住人である芸人さんですら、年輪を重ねる中で進化を遂げづらくなることを佐久間さんは示唆している。それは内省の殺傷能力を理解していく過程の中で、原形肯定のマインドが醸成されていくことも一因であろう。


若林さんは、パブロフの犬的な自傷への防衛と、年輪による進化の制約という強固なバリケードを前にしても尚、芸人としての前進を続けてきた。

若林さんが向き合ってきた『傷』とは、芸人として『おもしろい』『新しい』の創造を目指す道中で、悩みという名の自己拡張の模索とクリエイティブの内省による自傷を通じて負ってきた勲章であり、

若林さんが自身を誇るのは、己の抱く殺傷能力から逃げず、歳を重ねても尚背を見せずに対峙し、傷を負いながらも進化を続けてきた軌跡だ。

そしてもう一方、トップに君臨しながら継続的な進化を遂げてきた芸人さんがいる。そう、松本さんだ。


松本さんの遂げた進化とは?

還暦前の松本さんを、今もなおトップへ鎮座させているのが、時代のトレンドを纏う『調和』の笑いだ。

さだまさしさん、泉谷しげるさんと共演した『僕らの時代』の中で、松本さんは自身の指針を宮本武蔵の五輪書に準えていたことを披露した。

『宮本武蔵の「五輪書」を勝手になぞられていた時があって、日本一のお笑いになりたいっていう憧れがあった時に、自分の中で勝手に(夫々の巻を)漫才・コント・大喜利・トークに決めて、これで一番になるんだって、自分の中でお笑い五輪書だって思っていたんですよ。「五輪書」の最後の"空"が『調和』なんですってね。結局、最終的には調和なんだって。笑いで一生懸命やっていても、最終的にはみんなが面白ければいいじゃないっていう。この場が楽しければホントにいいんです』

まさに我々が目にしてきたのが『孤高』の笑いから『調和』の笑いへの進化を遂げた松本さんであり、全ての人を尊重し、笑いにも温かみを求める時代において、その進化は自身を再度トレンドの波に乗せ、王朝の更なる継続を実現させた。

『調和』を加えた松本さんのお笑い五輪書は「M-1」「キングオブコント」「IPPONグランプリ」「すべらない話」という、多くの芸人さんが世に出る為の夢舞台を生み出した。

膨大な「経験」の蓄積に無限の「思考」を走らせ、「人間」を鍛え、クリエイティブへの飽くなき挑戦を通じて芸人としての進化を遂げてきた松本さん。

若林さんと同様、その過程では深き内省に伴う自傷による無数の傷と向き合い続けてきたはずであり、この先も決して背を向けることはないであろう。

自ら第一線に立ちながら、芸人仲間を鼓舞し、その価値を高め、守るその姿、まさに芸人界の白ひげ。

その誇り高き後ろ姿には…あるいはその芸人人生に『一切の"逃げ傷"なし!!』


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