ナナメガキ

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テクニックではなく気持ちのあり方から考える「傾聴」と「承認」

テクニックではなく気持ちのあり方から考える「傾聴」と「承認」

マネジメントに関する情報を集めていると「傾聴」や「承認」といった言葉がよく出てくる。それらのテクニックを駆使することでチームメンバーとの関係性を深められると聞き、僕も実践を試みたことがある。 結局奢りのようなぎこちなさを感じてしまって、ほどなくして実践をやめた。 当時はテクニックとしてしか認識できていなかったそれらだが、しかし今の自分をふりかえってみると人間関係を築くときの根底には似たものがあると感じる。 というのも理屈は簡単で、傾聴や承認は敬意の体現手段のひとつなのだか

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1on1での「最近どう?」の代替フレーズ

1on1での「最近どう?」の代替フレーズ

マネージャーとの1on1で「最近どう?」と聞かれる度に、どうもこうもないよなあと思っていた。身の回りで本当に何も起きていなかったわけではないし、何も感じずに過ごしてきたわけでもない。それでも返事が思いつかないことが多々あった。 そうこう思っているうちに自分もマネジメントする側になって、チームメンバーが直面している出来事や心境、変化などを知りたいと思うようになった。そしてうっかり「最近どう?」と口にして、ああ同じ轍を踏んでいるなと心底自分にがっかりした。 そんなわけで、僕は

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いいチームを目指す落とし穴

いいチームを目指す落とし穴

振り返ってみると、僕は知らずしらずのうちに「いいチーム」を目指していたのかもしれない。 ここで言う「いいチーム」とは、世の中で優れた成果を収めているチームが持つ要素を寄せ集めたチームのことだ。別の言葉で言い換えるなら「一見すると良さそうなチーム」だろうか。 僕が目指しているチームは良いプロダクトを作り続けられるチームであって、世の中の優れたチームの要素を寄せ集めたチームではない。かつて自律的なチームになるために失敗と学びの機会創出について考えたり、相互理解を紐解いたりした

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他人に貼りつけたレッテルを精算する

他人に貼りつけたレッテルを精算する

チームメンバーと仕事をしていると、この人はこれが得意/不得意そうだ、この人はこういう仕事が合いそう/合わなそうだ、といったレッテルを無意識のうちに貼っていることがある。内容の良し悪しがどうであれ、正しいか否かがどうであれ。 レッテルとはそれを貼りつけたある瞬間での評価であり、当時の環境下条件下での評価だ。 新卒当時はガンガン難しい仕事こなして成長したいと思ってた上昇志向の私も今では自分の生活を守り維持したいと安定志向になっているし、日頃は堅実にお金のやりくりをしている私もボ

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NOという勇気は経年劣化する

NOという勇気は経年劣化する

数年前の僕は、気軽にNOと言えた。自分の思う最適解に向けて直進し、間違っていると思うことを直球で否定できた。 だけど今では、自分にとっての「最適解」が誰かにとっては最適ではないことを知っている。誰の目から見ても明らかな最適解があるのであれば、既に満場一致であるはずだ。そうでないということは、僕にとっての最適解と誰かにとっての最適解が違うということだ。背景が違い、考え方が違い、守るものが違い、だから最適解が違う。 この前提に立つと、自信を持って意見を伝えるということは少し難し

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勝ちパターンの呪縛

勝ちパターンの呪縛

マネジメントをしている中で、一人ひとりに適したコミュニケーションがあると頭で理解しつつも、それがうまくできなくて失敗する経験を山のように積み上げてきた。今でもその山は肥大化の一途をたどっている。 ただ、山積みの失敗の中にも時たまうまくいった場面はあって、失敗が多い分とても印象的で、僕は目ざとくそれらを記憶していて、すがるように反芻したりして、無意識のうちに自分の行動にすり込んでいる。まるでそれが勝ちパターンであるかのように。 本当はそんなパターンなんて欲しくないのだけれど

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「マネージャー不要論」と私の距離感

「マネージャー不要論」と私の距離感

発端の話をちゃんと聞いたわけではないので言及はしないけれど、アジャイルの文脈で「マネージャーは不要」という話をちらほら耳にする。これについて考えていることを雑に書き出す。 あなたが不要だと思うもの、わたしが不要だと思うもの 「マネージャーが不要」と言う場合の「マネージャー」は何を指すのか。パッと思いつくものを例に挙げてみる。 ・マネージャーという「肩書き」や「呼び名」 ・開発プロセスやチーム活動の「決定権を持つ人」 ・マネジメント業務を「実際に担っている人」 ・ヒエラル

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原理主義おばけに立ち向かう方法

原理主義おばけに立ち向かう方法

スクラムマスター業をする中で、スクラムとしてよく使われる手法を提案する場面がしばしばある。そんなときにふと「かつて忌み嫌っていた原理主義者になってんじゃねえの?」という声が心の奥から聞こえてきたりする。 原理主義おばけに取り憑かれていないか不安に思ったときは、セルフチェックで除霊または自衛できる。 1. 解決したい本質的な課題は何か 2. 課題の解決策案が複数個テーブルに並んでいるか 3. 課題と解決策案についてその場にいる全員が理解しているか 4. その上で、自分の提案

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自己肯定感の正体と妥協点

自己肯定感の正体と妥協点

私は自己肯定感が上がったり下がったりする。下がることのほうが多い気がするけれど、どうやら波がある。せめて赤点ラインを下回らない範囲で波打ってもらえると精神衛生にいいのだけれど、これがなかなか制御が難しい。 そいういうわけで、赤点を下回らないなら自己肯定感は多少増減しても良い、というのが私の妥協点だ。 さて、この波打つ自己肯定感の正体についてだけれど、私にとっては『私自身からの褒めポイント』の総量だ。人から褒められたことは関係なくて、私が良いと思える要素のみで成り立つ超主観的

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平均点な自分のバランス感覚という戦略

平均点な自分のバランス感覚という戦略

振り返ってみると得意な教科も苦手な教科もなかったし、100点はとれないけど60〜70点は取れた。褒められはしなかったけど怒られもしなくて、教科書に書いてあることは理解していたけど応用はそれほど効かなかった。 私はそんな人間で、だから今でもお手本通りに仕事をすることやそこから+αなことをするくらいはできるけれど、殻を破ったりエッジを効かせたりすることは苦手なのかもしれない。卒なく見られることはあっても、光って見られることはないかもしれない。 そんな自分に嫌気がさしていた時期