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映画『HELLO WORLD』ラストを本気で考察してみよう<前編>:簡単なおさらいと解釈の数だけ生まれ出る物語

 (ネタバレあり)映画『HELLO WORLD』は、「ハイスピード青春ラブストーリー」と銘打っでいるだけあって、中盤から突然どんでん返しの応酬に翻弄され、特に衝撃のラストシーンは頭が混乱した方も多いのではないでしょうか(初見で全部理解できた方は誇りに思ってよいと思いますw)。しかしここからがこの映画の真骨頂、本当に楽しい部分のはじまりです。初見で「分かった気になる」タイプの映画では味わえない、考察の楽しみ、背伸びして見えてくる世界の広がり。

 あのラストシーンは、いったいどういうことだったのか?

 早速、「ガチ考察」してみたいと思います。

 この<前編>ではまず、「おさらい」として世界観を簡単に紹介し、映画評やネットでよく見る「典型的な解釈」のパターンを示してみます。映画を観てよくわからなかったけど手っ取り早く頭を整理したい、という方はこちらだけ読んで頂くのでもOKです。ただしこれらが唯一の「正解」ではないことにご注意下さい。ぜひ、あなた自身の解釈を考えてみて頂きたいです

 つづいて<中編>と<後編>では自分なりの考察と、なぜそう考えたのかを、がっつり書いていきます。少々マニアックな記事になりますが、考察本体を読みたい方はこちらだけを読んで頂いても全くかまいません。スピンオフ『HELLO WORLD if』についても語っていく予定です。

 なお、当然ながら本記事は映画本編のネタバレを含みます。スピンオフ『ANOTHER WORLD』『HELLO WORLD if』については、ネタバレは含みませんが軽く触れています。ご注意下さい。

基本的な世界観とラストシーンの謎:月面世界で何が起こっていたのか

 まず、おさらいです。この映画には3種類の世界、

・堅書直実(高校生)の世界=A世界(映画前半の世界)
・カタガキナオミ(大人)の世界=B世界(映画後半の世界)
・月面上の世界=C世界(*1)(ラストシーンの世界)

が出てきて、「入れ子構造」になっている、というところまではOKですよね。月面世界(C世界)を記録したデータがB世界であり、B世界を記録したデータがA世界である、という世界観です。

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 さらに、それぞれの世界の年表を書いてみるとだいたいこんな感じになるかと思います(クリックで拡大)。『公式ビジュアルガイド』にも編集部解釈としてほぼ同じ年表が載っているので、ここまでは共通認識としてしまって良いでしょう(もちろん、これ自体を疑ってみる、という楽しみ方もまたオツなものですが)。

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※この時点ですでに全然ついていけない、という方は、良かったら初見の方向けのこちらの解説をどうぞ↓。

 映画本編はほぼA世界とB世界を描いたものとなっています。C世界はラストシーンにしか出てきませんし、「本当はナオミが倒れ、一行さんがそれを助けた、らしい」ということ以外、全く描写がありません。特に赤字で書いた

「C世界では何が起こっていたのか」
「ナオミはいつ、どうして脳死になったのか?」

については観客の想像に完全に委ねられているのです(厳密には「脳死」に限定する理由はないですが、以下ではわかりやすさのために、ひとまず脳死という言葉でくくります)。

 ネット上のレビューや考察記事を拝見すると、この謎については本当に様々な説が乱立しておりまして、本能寺の変かよ!(50種類以上の説がある)と突っ込みたくなるほどの様相を呈しています。しかしその多くについては

C世界の一行さんも脳死になっていたのかどうか

をどう考えるかによって、だいたいざっくりと2つのパターンに収斂しているようにみえます(もちろん解釈の細かいところは一人一人違いますが)。どちらも、かなり説得力のある説になっています。次はこの2つを簡単に紹介してみます。

「直実だけが脳死になった」説、あるいは2027年脳死説

 よくある解釈の一つ目は、ざっくりいうと

解釈1: C世界の一行さんは脳死になっていない。直実だけが脳死になった

というものです。また、そのうち多くの解釈は特に、直実の倒れた時期を高校時代と仮定して、

解釈1-1: 直実だけが2027年(頃)に脳死になった

という立場に立っています。そのため、 一部のファンコミュニティではこれを「2027年脳死説」と呼ぶことも多いです(5ちゃんねるが発祥の気がします)。本稿でも誤解のない範囲でこの呼び方を使います。

 この説では「花火大会で落雷に遭ったのは一行さんではなくて本当は直実だった」というパターンが散見されます。なぜ落雷対象が入れ替わったのかについては、一行さんを庇って身代わりになったという説もあれば、雷が偶然直実のほうに落ちたという説、月面の一行さんがあえてB世界を都合良く書き換えたという説もあります。もちろん、事故現場を花火大会と限定していない説も存在します。いずれにしてもこの説において、月面の一行さんは非常に長い時間をかけて直実を救おうと努力していたのだ、ということになります。

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 伊瀬ネキセ先生による公式スピンオフ小説『HELLO WORLD if——勘解由小路三鈴は世界で最初の失恋をする』は、ほぼこの解釈を元にして整合性のある物語を作り上げています。このスピンオフを本編と同じ世界線の補完ととらえた人は、この2027年脳死説を採ることが多いようです。

 なお自分は、作中の描写や公式発言等から、この『if』は文字通りのifストーリーで本編とは別の世界線だと解釈しています(詳しい理由は<後編>に書きます)。しかしこのスピンオフが傑作であることは全く異論ありませんし、この世界も非常に好きです。そしてもちろん、これを正史とみなす解釈も十分にあっていいと思っています。

 また、2027年脳死説の亜種として、

解釈1-2: C世界では2037年(頃)まで何も起こらず、
その後ナオミだけが脳死になった。

というものも存在します。厳密には「2027年脳死説」という名前自体はこのケースにはそぐわないですが、一行さんが脳死になっていないという点で本質的には同じものです。ただしこの説は、ナオミが脳死になるまでの多くの部分を想像で補う必要があります。

「直実も瑠璃も脳死になっていた」説、あるいは2037年脳死説

 もう一つのよくある解釈は、

解釈2: C世界の一行さんもB世界と同様に脳死になり、
ナオミはそれを助けた後、
2037年(頃)に脳死になった

というものです。これは「2027年脳死説」に対して「2037年脳死説」と呼ばれていることもあります。本稿でも誤解のない範囲でこの呼び方を使います。

 この説は、C世界では途中までB世界と同じことが起こっており、ナオミが苦労して一行さんを蘇生させ、その後ナオミが脳死になった、という解釈です。B世界は「C世界の記録」だから、基本的には両者で同じことが起きているはず、という考え方が元になっています。ナオミの脳死のきっかけについても、アルタラへのダイブの後遺症、記録世界から戻って来られなくなった、実はC世界も記録世界で狐面に襲われた、大階段で一行さんをかばって事故にあった、月面で事故にあった、などなど、実にさまざまな解釈が出ています。いずれにしてもこの説は、月面の一行さんの頑張りの前に、月面のナオミの頑張りがあったという立ち位置にあります。

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 こちらの解釈に沿ったレビューとしてはたとえば、藤津亮太さんによるSFマガジン2020年2月号『アニメもんのSF散歩』第32回によるレビューが代表的です。 

「自分だけの回答を探してほしいんですよね」——観客の数だけ正解がある

 手っ取り早く2027年説と2037年説を紹介してみましたが、ここでよく注意していただきたいのは、

これ以外にもさらに様々な解釈が存在している

そして

正解や定説というようなものはない

ということです。

 2027年脳死説も2037年脳死説も、よくよく考えていくと「ん? あれ…?」という点があったりします。どちらも非常に完成度の高い説ですが、すべてを完璧に説明できるというものでもない。実際、これらの説の多くはC世界が現実であるという仮定に立っていますが、むしろ伊藤智彦監督は

自分があそこを現実世界だと断言しないようにしているのもそういう理由で、あの答えに安住してもらう必要はないだろうということです。
——『HELLO WORLD』伊藤智彦監督BD&DVD発売記念インタビュー | アニメイトタイムズ

と語っており、必ずしも「C世界=現実」が安住の地というわけではありません。その意味では、むしろさらなる解釈としてこれもよく見られる「C世界も実はデータの世界で、さらにD世界、E世界…がある」という説が俄然輝いてきたりします。

 伊藤智彦監督はさらに、

”「大人ナオミがなぜ眠っているのか」という問題が関わってきていて。そこに関しては受け手の想像に委ねるという形をとっている”

——『HELLO WORLD』伊藤智彦監督BD&DVD発売記念インタビュー | アニメイトタイムズ
”自分だけの回答を探して欲しいんですよね。他の人に「これって実はこうですよね?」と言われた時にそれが正しそうだなと思ったらそれが正解かもしれないですし。だから、“こっちとしてはこう考えていますけど、それが正しいとは限りませんよ”というスタンスです。こちらから色々と設定などを提示はしますけど、観ている人なりに補填してもらえると、それが“映画”になるんじゃないですかね。”

——“本当に面白いのか?”の自問自答が繰り返される作品。『HELLO WORLD』監督がオリジナル劇場アニメーション初挑戦で経験した苦労と面白さ

と明言しています。つまり、意図的に「正解」を描かないことで、さまざまな解釈ができるようになっているのがこの作品であって、ここで提示している2つの説だって正解に近いかもしれないし全然違うかもしれない。でもって、ああでもないこうでもないと考え始めたら、もう僕らはすっかり監督の思う壺なわけです(笑)。

 論理的にすべてを不整合なく説明できる説が今のところ存在しないため、2027年説か2037年説か、あるいはさらに違う説か、という議論は最終的には好みの問題、言い換えれば「自分の見たい物語を描く」というところに落とし込まれる気がします。B世界やスピンオフ『ANOTHER WORLD』に重きをおく人の多くは2037年説にたどり着きますし、『HELLO WORLD if』に思い入れがあればやっぱり2027年説を支持したくなると思うのです。

 量子記憶装置ALLTALEという名前は、「ALL TALE」=「すべての物語」という意味を内包しています。
 観客の数だけ物語がある。それを紡ぐための材料は潤沢に提示されている。

 スピンオフ『遥か 遥か先』では、極小の違いが無限に積み重なればまったく違う世界だって存在しうるという世界観が鮮やかに示されます。たった一つの正しい真実なんていうものはない。どんな突拍子もない考察や二次創作でさえ、この作品には存在の余地がある。この映画では、あなただけの解釈によって生まれてくる世界が、全力で肯定されている。

 だから。
 この記事の薄っぺらい説明に安住しないでください

 これで「分かった気」にならないでください。
 この記事で紹介した解釈だって、制作側が意図していたものと違う可能性は十分にあります。もしあなたが抱いている「違和感」が何かあるとしたら、それこそが考察の出発点になります。
 考え抜いて、あなただけの解釈を、「あなたの考える最高の『HELLO WORLD』」を描いてみてください

 この作品中には実にたくさんの謎があちこちに提示されていて、それを組み合わせて考察していくと突然見えてくるものがある。この映画における「世界の在り方」が、腑に落ちる瞬間がある。それは、本当に楽しい作業なんです。

 じゃあ、なぜこの<前編>で、正しいかどうかもわからない2027年説と2037年説をまず紹介したのか、と言いますと、その意図は

・この2つは多くの人の考察を経ているだけあって非常によく練られた「強度のある」説である
・自分自身、この2説の支持者の方々と議論することで自分なりの解釈がだんだんと形作られていった
・片方の説だけを読んでそこに安住しないでほしい。これを足がかりに考えてみてほしい

ということに尽きます。

で、そういう自分はどっちだと思っているのか?

 ええと、自分は、いまのところ「ナオミは203X年に脳死になった」と解釈しています。これは2037年脳死説の一種に相当します。

 ネット上では2027年脳死説のほうが若干多いようです。これを否定するつもりはまったくないですし、とてもエモさのある、非常に好きな解釈の一つです。しかし、あえて2037年脳死説を自分は推します。もちろん現時点の解釈も、今後さらに作品を読み込んでいくにつれて変わっていくかもしれません。

 <中編>と<後編>では、この自分なりの解釈と、なぜそう考えたのか、また2037年説が本質的に持つパラドックスをどう説明できるか、を解説してみたいと思います。

 同時に、考察の楽しさ、ワクワク感のようなものを伝えたい。この記事ではあえてさわりだけを書く形になってしまいましたが、このnoteを通して本当に伝えたいのは「仮説を立てて検証していくというプロセスがいかに楽しいものであるか」ということに尽きます。自分にとって『HELLO WORLD』はそれを存分に味わわせてくれる作品でしたし、ぜひその醍醐味を多くの方にも堪能してほしい、と強く思う次第です。


*1:「A世界」「B世界」は公式資料にもある名称ですが、「C世界」はあくまで説明のために暫定的にそう呼んでみただけで、公式でそう呼ばれていたかどうかはわからないですね…。

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