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友の会会員が選ぶ「今年の3冊」DAY.9

ふくろう選:海外文学の「鈍器」3冊

海外文学の感想ブログを書き始めて11年になる。ここ数年は読むペースが落ちていたが、今年はひさびさに海外文学を集中して読んだ。今年は、500ページ以上の海外文学を読む読書会「ガイブン読書会・鈍器部」を始めたし、Scrapboxというwebサービスを使って読書wikiをつくりながら読むことも始めた(鈍器は登場人物が100人以上になることがざらなので、wikiをつくりながら読むと人生がはかどる)。

そんなわけで、今年の3冊は「海外文学の鈍器」しばりで選んだ。


1.トマス・ピンチョン『重力の虹』(新潮社)

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1499ページ、登場人物400人以上。その圧倒的鈍器ぶりもさることながら、物語そのものが最高におもしろい『重力の虹』は、2019年ベストどころか人生ベストに輝く1冊だ。あまりに好きすぎるので、『重力の虹』読書会を2015年と2019年に2回開催し、最近は「I'm Thomas Pynchon」と書いてあるいかれたTシャツを買った。
数行程度では『重力の虹』についてなにも語ることはできないが、あえて語るとするならば、『重力の虹』は第二次世界大戦当時に最も進んだ科学技術を持っていたナチス・ドイツのV2ロケット技術を、戦勝国アメリカとソ連が奪い合い、のちの宇宙ロケット開発につなげていく歴史をもとにした小説だ。人を殺すためにロンドンに落下した爆撃ロケットが、やがて人を宇宙に送るために上昇していく宇宙ロケットになるーーこの美しい対称をなすロケットの動きだけでも燃えたぎるが、ピンチョンは「主人公が勃起した場所にドイツのV2ロケットが落下する」といった、最高に笑えるエピソードを大量に打ち込んでくる(当然、勃起する性器と落下するV2ロケットも上下の対比を成している)。おぞましい歴史を爆笑できるエピソードの銃弾で描くピンチョンのユーモアが、私はたまらなく好きだ。おそらく人生をかけて読書会をし続けるであろう、まごうことなき最高の1冊。

『重力の虹』wiki:https://scrapbox.io/GravitysRainbow/



2.リチャード・フラナガン『奥のほそ道』(白水社)

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松尾芭蕉『奥の細道』からタイトルをとった本書は、日本にまつわる小説である。ただし、舞台は日本ではなく、第二次世界大戦時に大日本帝国が占領していたビルマだ。日本軍は、Death Railway ( 死の鉄道)として悪名高い泰緬鉄道を、外国人捕虜の命を使い潰して建設した。本書の主人公ドリゴ・エヴァンスは、泰緬鉄道の地獄を生き延びたオーストラリア人医師だ。生還したドリゴは英雄として有名になるが、その心は生と死の境をずっとさまよい続ける地獄にいる。
「鉄道以前」「鉄道」「鉄道以後」を横断しながら語りは進む。なんといっても鉄道建設時代のシーンは心をなぎ倒してくる。血、汗、涙、糞、尿、泥、蛆、膿、人から流れ出るあらゆる汁がジャングルの豪雨と混ざり合い、壮絶な臭気を放ち、ひとり、またひとりと、見知った顔を死に追いやっていく。食事も睡眠も休息もなく、鉄道は捕虜の命をすりつぶして食らっていく。とにかくつらい、つらいのだが、わずかではあるがドリゴの人生に「生きている」時間が戻ってくる。その時間は光に満ちている。波が反射する光、真珠の光、魚の入った水槽を割る破片の光、炎の光。つかのまの閃光があまりにもまぶしくて胸を打つ。光から始まる物語は、長い長い暗闇を経て、ほんのわずかなまばゆい光とともに爆ぜる。長い闇とまばゆい光、このふたつのコントラストが鮮やかで激烈な余韻を残す。
人は生きながら死んでいき、つかのまの一瞬を鮮烈に生きて、そしてまた死んでいく。これこそが人生なのではないか。
感想:https://owlman.hateblo.jp/entry/2019/04/24/190106


3.ウィリアム・ギャディス『JR』(国書刊行会)

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全940ページに1.2kgというその異形ぶりから、2018年末の読書界隈を震撼させた怪物、ウィリアム・ギャディス『JR』は、混沌極まる「まじやば」(主人公の口癖)小説だった。
舞台はニューヨーク、サブプライムローンの爆心地。アメリカを擬人化した11歳の少年JRが、正体を隠しながら、弁護士と政府のパイプと法の抜け穴を駆使して、欲望と利益主義を突き進める、新自由主義と巨大コングロマリットの到来を描く、真顔のブラックユーモア小説である。ただ、その表現手法が狂っている。本文の9割以上が「話し手がわからない会話文」のみで構成されている。話者の判別は、相手からの呼びかけ、持っている知識、仕事内容、人間関係、利害関係、話し方の癖で、読者が判断するしかない。
こんな声への執着と狂気に満ちたスタイルで描かれるのは、新自由主義によって一部の富裕層に富が集中するアメリカ、政治と企業が密接に関係して互いに便宜を図り利益を享受するアメリカ、訴訟大国アメリカ、軍部の影響が強いアメリカだ。そしてJR少年は「アメリカ」そのもの、「アメリカの擬人化」でもある。これほど狂気に満ちた擬人化小説は、ちょっとお目にかかったことがない。アメリカ鈍器に心ゆくまで殴られた。JR少年、君こそがアメリカだ。

感想:https://owlman.hateblo.jp/entry/2019/04/14/190025
wiki:https://scrapbox.io/WilliamGaddisJR/


【記事を書いた人】ふくろう

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