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友の会会員が選ぶ「今年の3冊」DAY.4

misato選:心に残った3冊

①『小説という毒を浴びる 桜庭一樹書評集』桜庭一樹著 集英社
②『私がオバさんになったよ』ジェーン・スー著 幻冬舎
③『白銀の墟 玄の月 第一巻』小野不由美著 新潮社

2019年。30歳を迎えた今年は、今後の生き方について、大袈裟にではなく、なんとなく考えたり、口にしたりする機会の多い一年だった。そんな今年読んだ本の中で、特に心に残っている3冊は、わたしの読書経験がいつもそうであるように、読んでいるときにはただひたすら先を読みたい、面白い、と夢中になるのみだったのだが、改めて考えてみると、今後の自分の生き方にも良い影響を与えてくれる3冊だと感じる。自分らしい来年を迎えるためにも、心に残った3冊を「自分のしたい生き方」と絡めて振り返ってみたい。

①好きなものを好きだと伝え、生きる

『小説という毒を浴びる 桜庭一樹書評集』桜庭一樹著 集英社

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好きなものについて語るのも、好きなものについて語るのを読むのも、聞くのも、すべて好きだ。化粧品でも雑貨でも、誰かがおすすめを紹介している雑誌などをすぐ買ってしまう。わたしが最も好きな作家である桜庭一樹さんが、わたしも大好きな「小説」について語るのだから、この1冊が好きでないわけがなかった。

良いものを紹介するためには、その魅力を伝える言葉を持たねばならない。魅力を余すところなく伝えたいと思えば思うほど、わたしは表現力や語彙力の乏しさに歯痒くなるのが常だけれど、そうして必死に紡いだ言葉たちは、その切実さゆえか、自分「らしい」ものになる。表現力が豊かな作家の方でも、それは例外ではないのかもしれない。桜庭さんの書く文章は、書評や解説であっても、そうたとえるのか!と驚くけれどしっくりくる表現や、細やかな観察眼で拾い上げられたエピソードの描写によって、登場人物の生き生きとした魅力がたちのぼってくる。ご自身の作品と同じように、桜庭さんらしい文章にうっとりと浸ることができるのだが、不思議なことに、桜庭さんらしい言葉で紡がれていても、決してその作品の本来の魅力が塗り潰されてしまうことはない。

また、桜庭さんは読書について、次のようなことを述べている。

読むことは一方的にサービスを受ける行為じゃなくて、どう読むかは読者それぞれの"創造"の力に託されてる。小説は作者ではなく、読者のもの。書かれた後は、あなたの作品はわたしたちの大地である。わたしも、これからも、転げまわるように自由に読みたいな。(98,99ページ、「リレー日記」より)

この言葉には、直木賞作家である書き手として以上に、「小説」が好きな読み手としての、桜庭さんの好きなものへの熱と、好きなものを大事に伝える姿勢が表れている。

桜庭さんの書評のように、いろいろな言葉で、熱く、けれどそのものが持つ魅力を損なうことなく引き出し、語れる人でいたい。好きなものを好き、と思うことで、伝えることで、わたしは楽しく豊かに生きられるような気がする。

②女として、生きる

『私がオバさんになったよ』ジェーン・スー著 幻冬舎

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ジェーン・スーさんの大ファンで、ラジオや他の著書も大好きだ。この本も光浦靖子さん、海野つなみさんなどとの対談ということで刊行前から楽しみにしていたが、タイトルを見たときは「同年代の女性でないと内容は楽しめないだろうか」と思っていた。ところが読んでみたら、老若男女、すべての日本人(国籍はどうでも良いのだけれど、日本に住む人)が考えなければいけないよな、と思える内容に言及する対談ばかりだった。

ジェーン・スーさんの言葉には、柔軟さ、知的さ、怠惰、欲望、面白さ、すべてがあちこちに顔を出す。また、わたしたちが生きる社会にもやもやと漂い、垢のようにこびりついたり、嫌な臭いを放ったりすることに対しても、原因を冷静に捉えたり、噛み砕いて言葉にしたり、堅苦しくないおしゃべりをしてくれたりする。男女のこと、働き方のこと、結婚のこと出産のこと、などなど。わたしは割合ストレスフリーに、したいことばかりで、楽しく生きてきたほうで、女性に生まれて良かったなあとも思っている。けれどそんなわたしでも、30代というのはこれまでみたいに「何もわからないので」と無知でいるだけではいけない、と思う。また、自分だけではなく、新たに生まれる責任や、自分より弱い存在(たとえば後輩、年下の人、老いる両親、将来は子供もかも)のこと、女性として生きる将来のことも、考えていきたいなあとも思う。とは言えここまで能天気に生きてきた人間が、突然意識的に生きていくなんてと及び腰になるところに、スーさんや対談相手の方々の言葉は大変心強く、また自分たちも向き合っていかなければと、気持ちが引き締まる。

そこにいるだけでは居場所なんてできないことが、この歳になるとよくわかります。居場所は作るもの。地面に生えてる草と一緒で、自分自身が根を張って居場所を作らないと、どこにいたってふらふら飛んでいっちゃう。(山内マリコさんとの対談の中で)
たったひとつの正解しかなかった親の世代とは異なる私たちが、これから先、楽しく暮らしていく手がかりが、この本にはちりばめられているから。(まえがき より)

そうか、居場所というのは、お花見のブルーシートのように、他者より先にその場所にいてシートを敷くだけではだめなのだ、と思った。周りをきょろきょろ見るのではなく、自分が根を張るのだ、そのためにたくさん経験して考えるんだ、と思って、30歳を迎えたときの無駄にそわそわした気持ちを落ち着けることができた一冊だった。

③信じて、生きる

『白銀の墟 玄の月 第一巻』小野不由美著 新潮社

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第一巻の表紙、凛々しくこちらを見つめてくる黒髪の彼が、今回の物語の主役とも言える存在であり、わたしがこのシリーズの中でいちばん好きなキャラクターである泰麒だ。

十二国記シリーズの長編の新刊は18年ぶりということだが、わたしが初めて同シリーズを読んだのは2年ほど前のことで、それほど年季の入ったファンというわけではない。それでも、やはりこのシリーズは特別だ、と思った。物語なのでネタバレになりそうで詳細に語れないが、王を選び、補佐する役割である泰麒を始め、多くのキャラクターが己の信じるもののために動き、傷付き、傷付け、時には命を落とす。十二国記は架空の国々の物語だ。出産がなく、政治は麒麟が選んだ王が永遠の命を得て行い、道を誤ると死ぬことになる、など独自の設定がある。しかしそれらの設定がご都合主義に使われるどころか、世の理として、むしろ人々の営みの大きな足枷となったりする。天が王を選ぼうが、その意を伝える麒麟がいようが、人々は迷い、時には誘惑に負けることもある。王から村人の一人一人に至るまでそのドラマを描き切り、人々のドラマが積み重なるのが国なのだと、ここまで説得力をもって語られる物語は他に見たことがない、と衝撃を受けた。

泰麒は、十二国記の世界にずっと生きてきたわけではなく、以前の物語では現代日本に一時暮らし、疎外されていた。あのときの孤独な少年が、自分の信じるもののために、周囲の陰謀渦巻く中へ乗り込み、争いを好まないとされる麒麟の性質からは考えられないほどの、過酷な戦いぶりを見せる。わたしはとにかくその様に心を打たれた。けれど考えてみれば、命のやり取りがないにせよ、自分が信じるもののために戦うというのは、現代の日本でも決して大袈裟ではないのかもしれない。心が折れそうになるとき、このまま頑張っていて良いのか分からないとき。わたしたちは戦争のない時代に生まれようが、何だろうが、生きていくためには信じるものを抱いて戦う機会がやってくるのかもしれない。

十二国記には、キラーフレーズが少ない、と思う。それは心打たれるセリフや描写がないのではない。セリフや描写を言葉だけ抜き出しても、特別な言葉は少なく、過剰に感傷に浸ったセリフ回しではないのだ。それは、彼ら登場人物が、ドラマチックに生きるためではなく、ただ自分の信じるもののために、世界を生きているからなのだと思う。わたしも現在の世界を生きていきながら、信じるもの、信じる人のことは、見失わないようにしたい、そうして生きていきたい、と思った。


【記事を書いた人】misato

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