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推し、萌ゆ! 21歳の新星、宇佐見りんをともかく推しまくる回 ~【特別対談】杉江松恋×豊崎由美 宇佐見りん『かか』『推し、燃ゆ』~

書評家の豊崎由美さんが毎月ホストを務めるALL REVIEWSフィクション部門、2020年9月の課題本は最年少(21歳)で三島由紀夫賞を受賞した宇佐見りんの受賞作『かか』と最新作『推し、燃ゆ』の二作。豊崎さんといっしょに読み解くのは書評家の杉江松恋さんです。
※対談は2020年9月30日に行われました。

三島賞・山本賞の特徴とは?

三島由紀夫賞・山本周五郎賞は新潮社の 新潮文芸振興会が主催する文学賞。文藝春秋社の芥川賞・直木賞に対抗する位置づけです。知名度は芥川賞・直木賞に劣りますが、作家の間では名誉な賞。もちろん芥川賞に対抗するのが三島賞で、直木賞に対抗するのが山本賞です。ちなみに三島賞の第1回の受賞者は芥川賞を受賞していない高橋源一郎

豊崎社長によると、三島賞・山本賞の美点は選考委員の任期が決まっている事。このため、受賞作の傾向がよみにくい。杉江さんによると、三島賞は今回の候補作に河﨑秋子『土に贖う』を挙げたことからわかるように、純文学とエンタメの間にある作品も候補作とすることも特徴です。『土に贖う』は残念ながら受賞はかないませんでしたが、候補作に挙げることが素晴らしい。

豊崎さんは大森さんとともに、三島賞・山本賞のメッタ斬りもやっています。『かか』受賞の回はニコニコ動画で見ることができます。

なお、筆者個人にとって、『三島賞』といえば2016年の蓮見重彦の受賞会見。未だに忘れられません。

『かか』を残した文藝賞の下読みに拍手!

このたび三島賞を受賞した『かか』は第56回文藝賞受賞作品でもあります。ちなみに文藝賞を同時に受賞したのは、芥川賞作家遠野遥『改良』。豊崎さんは『かか』を残した文藝賞の下読みを絶賛。杉江さんも、文章で読ます『かか』のような作品は斜め読みされがちなところ、よく選考に残したと下読みを褒めます。第56回文藝賞は二作品の受賞を決定した選考委員も偉いが、それ以上に下読みの人が偉い!とお二人の意見が一致。

また、第56回文藝賞の二人の受賞者は、綿矢りさと金原ひとみが芥川賞同時受賞した時以来の事件ということでも、意見が一致します。

豊崎さんは文藝賞メッタ斬りのときから『かか』を推しています。一方、杉江さんも書評で『かか』を激賞しています。杉江さんは書評の冒頭でこう書きます。

小説が、次々に生成されていく。
小説の書評としては少々おかしな表現になるがご勘弁いただきたい。
そうとしか言いようのない読書体験だった。目の前で次々に文章が生成され、それが小説になっていく瞬間を目撃した、とでも言い換えるべきだろうか。
出所:文藝賞受賞作『かか』の衝撃!小説がここで生まれているのだ「杉江松恋の新鋭作家さんいらっしゃい!」

『かか』19歳の浪人生うさぎことうーちゃんが主人公。終始「かか弁」という、うーちゃんの母が使う言葉で語られていきます。例えば、「ありがとう」は「ありがとさんすん」、「おやすみなさい」は「まいみーすもーす」。いささか子どもっぽい、独特の語りは好悪の別れるポイント。でも、小説にはまると、音読したくなるような中毒性があります。豊崎さん曰く「声に出して読みたい日本語」。

呑気な「かか弁」で語られながら、物語はハード。うーちゃんの母親であるかかはととの浮気と別居をきっかけに精神を病んでいく。かかの世話で学業もままならないうーちゃんは浪人し、気晴らしは大衆演劇のスター西蝶之助とそのファンとのSNS。20名くらいの鍵垢での交流がうーちゃんの心の支えになっています。うーちゃんは母、弟、母の両親であるババとジジ、そして、早世した母の姉夕子の娘の6人で、ババとジジの家に住んでいます。かかは子宮に筋腫ができ、手術をするその日に、うーちゃんはある目的で熊野に向かいます。熊野好きであったら、ぜひ読んで欲しいと杉江さん

豊崎さんが注目したのは、主人公うーちゃんの性を忌避する態度。設定として19歳なのですが、まるで高校生のよう。そして、作者、宇佐見りんの文章のうまさ。豊崎さんが引用したのはこの部分。

風のくらく鳴きすさぶ山に夕日がずぶずぶ落ちてゆき、川面は炎の粉を散らしたように焼けかがやいてました。夕子ちゃんを焼いた煙は、柔こい布をほどして空に溶けてゆくように思われます。

豊崎さんは純文学もエンタメも文章は大事だと力説します。

杉江さんが感心したのは、文章の「息が長い」こと。杉江さんのお気に入りの文章はこちら。

…濃い陰毛のようなかかの髪の毛に陶器の破片が幾つもくっつしてきらめいていたわけがわかり、うーちゃんは黙って、それだけは無事だった水のような味噌汁を温めもせずに飲みました。

また、この話はSNSのような現代の風俗が重要なモチーフとなっているが、母と娘という太古からの普遍的な問題を扱っていることも重要です。母親との関係がうまくいっていない人にとっては、自分に置き換えることのできる汎用性の広いテーマと豊崎さん。家族とうまく関係が結べない人にもぜひ読んで欲しい小説です。

なお、『かか』は講談社野間文芸新人賞の候補にも挙げられています。

アイドル推しの生態を純文学で初めて書いた『推し、燃ゆ』

宇佐見りんの第二作は『推し、燃ゆ』。アイドルを推す心理を描いた本作は、文学好きの人だけではなく、アイドルファンの間でも話題となったそうです。また「かか弁」ではなく標準語で書かれているので、読みやすくなっています。豊崎さんによると、アイドル推しの人の生態が純文学で書かれたことは初めてではないかとのこと。

主人公のあかりは高校生。男女混合ユニット「まざま座」の上野真幸を推しているが、その「推し」がファンを殴り炎上したというところから話は始まります。出だしの文章がシンプルだが衝撃的。

推しが燃えた。ファンを殴ったらしい。

豊崎さんが「うまい」と唸ったのはあかりが「推す人」となる場面。あかりが「推し」に出会ったのは4歳のとき、12歳の「推し」のピーターパンを見ます。しかし、実際に「推す」ようになったのは高校生のとき、学校をさぼって家にあるDVDをみてから。そのとき、あかりはこう感じます。

真っ先に感じたのは痛みだった。めり込むような一瞬の鋭い痛みと、それから突き飛ばされたときに感じる衝撃にも似た痛み。窓枠に手をかけた少年が部屋に忍び込み、ショートブーツを履いた足先をぷらんと部屋のなかで泳がせたとき、彼の小さく尖った靴の先があたしの心臓に食い込んで、無造作に蹴り上げた。

こうして「推し」を見つけたあかりは、「推し」の作品も人もまるごと解釈し、ブログに発信していきます。あかりの書くブログは理知的で、深い。豊崎さん曰く「アライユキコに紹介したい」。アライユキコさんはフリーの編集者で、『文学賞メッタ斬り!』を編集された方です。

一方、あかりの実生活はままなりません。

あたしには、みんなが難なくこなせる何気ない生活もままならなくて、その皺寄せにぐちゃぐちゃ苦しんでばかりいる。だけど推しを推すことがあたしの生活の中心で絶対で、それだけは何をおいても明確だった。中心っていうか、背骨かな。

あかりは高校生活も忘れ物が多く、学業の不振を母親から責められている。父親は海外に単身赴任中。出来のいい姉はなんとか母とあかりをとりもとうとしているが、うまくいかない。学校にも友達はいない。

どんどん追い詰められていく主人公の唯一の支えが「推し」。「推し」を推すことが主人公の人生なのに、「推し」は炎上し、グループ内人気投票でも最下位に。それと並行するように、あかりの生活がさらに行き詰っていくのがこの小説の後半です。杉江さん曰く「下り坂の小説」。

あかりは高校の留年が決まり、退学。祖母の葬儀のため、海外から帰国した父親の言葉が冷たい。

「厳しいことを言うようだけど、ずっと養っているわけにはいかないんだよね、おれらも」

その父親の言葉を聞きながら、父が「おっさん構文」をつかって女性声優にリプを送っていたことを思い出すあかり。ここで突然「おっさん構文」という言葉を出すセンスに杉江さんは感嘆。

結局、あかりは亡くなった祖母の家で一人暮らしをすることになり、「推し」は動画で、まざま座の解散を突如発表、その後、芸能界を引退してしまう。あかりは「推し」の家まで行き、そこで、「推し」の住むマンションのベランダで洗濯物とそれを干す女性を見る。洗濯物により、「推し」が「人間」であることを悟ったあかり。

推しは人になった。

あかりに救いはなく、読者はあかりのことを心配したまま、物語は終わります。物語が閉じていないことも、豊崎さん・杉江さんの高評価となっています。

「推す」杉江、「推さない」豊崎

ところで、豊崎さんは世の中には「推す」人と「推さない人」がいるといいます。豊崎さんは、好きなものや人に対して、一定限のところで落ち着いてしまう「推さない」人。対して杉江さんは「推す」人。杉江さんは高校生のとき、ある番組にはまり、当時はビデオデッキが高かったため、カセットで番組を録音し、再生してノートを取るというマニアックな行動、つまりあかりと同じようなことをしているとのこと。このためあかりの気持ちもよくわかるとのこと。

ただし、豊崎さんも杉江さんも宇佐見りんを推す気持ちは同じ。豊崎さんの不安は宇佐見りんがスランプに陥ること。綿矢りさ・川上未映子ですらスランプに陥っています。編集者は余計なプレッシャーをかけず、宇佐見りんにのびのびと書かせてほしいといいます。

杉江さんは、芥川賞の遠野遥さんが、メディアに発表した事前回答というのはいいのではという意見。メディアに対して予め自分の意見を出すことにより、余計な質問を受けなくて済む、賢い対応ではないかとのこと。

豊崎さん、杉江さんのお二人の熱量により聴いている人も宇佐見りんの作品を読みたくなったのではないでしょうか。

おわりに


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追伸:豊崎さんの『推し、燃ゆ』の書評が発表されました!


【記事を書いた人】くるくる

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