タイトル ゆめうつつ
胸騒ぎがする。
何か忘れている気がする。
それはとても重要なことで、僕の人生に大きく関わる何かだった。でも何か思い出せない。
身体を起こし、ベッドから降りる。
部屋を出て、階段を降りていく。
何も変わったことはない。いつも通りの僕の家だ。でもこの "いつも通り" が、妙に僕の胸をざわつかせるのだった。
「おはよう」と母が言い、朝食を出す。いつも通りの朝の挨拶に、いつも通りの朝食だ。
胸のざわつきは大きくなっていく。息が苦しい。
それでも、思い出さなければいけないことの正体がわからない。
学校に行く支度をしなければならなかった。僕は服を着替え、カバンを背負う。どこもかしこも "いつも通り" だ。玄関を降りて、靴を履く。
「いってらっしゃい、気をつけて」
そう言う母の顔は、いつも通りの優しい笑顔だった。その笑顔を見て、少し心が和らぐようだった。何か忘れているような感覚も、この胸騒ぎも、全て僕の勘違いだったのかもしれない。
そう思った矢先、僕は気づいてしまった。
笑顔を向ける母の顔のすぐ後ろの壁に、僕はひとつだけ "いつも通り" ではないものを見た。
それを見た僕は、激しい目眩に襲われた。
白い壁に赤黒い滲みが一点付いていた。それは目をよくよく凝らさなければわからないほど、小さなものだった。でも、それが血の痕であることを僕は知っている。それは残っていてはならないはずの血の痕だった。
ついに僕は、昨晩自分が犯した罪をはっきりと思い出したのであった。
"いつも通り" でないのは、僕だった。
その小さな滲みに母はまだ気づかない。
いつも通りの優しい母の笑顔は、僕の心をどうしようもなく苦しめるのだった。
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