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哲学を哲学する

どうもわたし!私は大学で哲学を専攻している。とはいうものの専攻してからずっと「哲学とは何か?」という問いに悩まされている。

先日受講している哲学演習で「哲学とは何か?」という問いに対し、教授含め優秀な学生数名がそれぞれ自分の考える哲学を説明するという回があった。
ある生徒は、哲学の出発点は自己と世界との関わり方についての問いであり、哲学とは他者・外界を必要とする答えのない問いを追求することだと言っていた。しかし、この定義は他の諸学問にも当てはまるよなぁと思って質問をしてみたものの、あくまで「答えのない問い」を扱うのが哲学だという解答であった。答えがないと言い切ってる時点でもう十分答えが出てるじゃないか…。
教授は「哲学に共通の了解はない。」という面白い定義をしていた。ただ、哲学が目指すものは専門家ではなく、知の愛好家であること、それは自らの関心ごとに対して考え、対話へと発展させることだという。専門家と愛好家の違いが曖昧ではないかという指摘もあり、確かにあまりよくわからないなと感じた。

ここまで聞いて感じた事は、「哲学とは何か」という問いは何でも知ってそうな人でも悩み、突き当たる問いであるということ、そして様々な見解を独自に見いだしていることであった。ただ、私は教授も含め、どの説明も不十分であると思った。「え、自分がこの2年間で見出した定義、結構良いレベルまでいってるのでは??」と我ながら感じたので、ここに記す。

「哲学とは何か?」という問いに対する適切な答え方について考えてみる。
哲学の定義が知りたい場合、考えるべきは哲学そのものではなく、諸学問と哲学との差異である。「知りたいものの周りを見る」というのが何事も基本だ。つまり哲学のみを掘り下げた定義は不十分であり、諸学問との差異への言及が必要である。
また、抽象度の高い問題を扱う際は、問いに対して適切な答えになっているかを忘れないことも重要である。1番手っ取り早いのは、「哲学とは〜ということである」と言ったように端的に答えることだ。

さて、以上を踏まえて私の哲学の定義を記していきたいと思う。

哲学とは枠組みの外側から枠組みそのものを疑い、考える態度および、それを行う学問である。

哲学は対象領域を持たない
これを扱っているから哲学!というようなものは存在しない。つまり哲学において何の枠組みかということは問題ではなく、枠組みそのものが果たして適切なのか、その是非を問うことが問題になる。

ここで突っ込まれるのはおそらく「枠組みとは何か?」この場合において学問の枠組みとは、その学問体系を成り立たせる前提条件、常識といった類のものだ。
ここで諸学問を比較してみると分かりやすい。
哲学が「枠組みの外側から枠組みそのものを疑い、考える営み」であるならば、諸学問は「枠組みの内側にとどまり、掘り下げていく営み」である。諸学問の場合には、その学問体系を成り立たせる前提条件や常識を疑うことはない。
例えば、数学において「1+1=2」というのは当たり前の事実である。「1+1は本当に2か」とわざわざ疑う人はいないだろう。しかし、この当たり前の常識の外に立ち、「果たして本当にそうだろうか?」と疑うことこそ哲学なのである(ちなみにこの問いは私が大学に入学して、1番最初に哲学の教授から発せられたものだ。)

上記の哲学と諸学問の差異を踏まえると「哲学」と「哲学史」の違いが明確になる。
枠組みの外側に立って枠組みを疑うのが哲学であれば、哲学史は枠組みの内側にとどまり、思想を学び、理解をすることが目的だ。つまり「哲学史を学ぶ」ことは「哲学をする」こととは異なると言える。(とはいえ、哲学する上で哲学史を学ぶことは重要だと思う)

さて、ここまで来てさらに指摘されるであろうことは、「諸学問でも枠組みにおける定義を追求することもあるのではないか?」という点だ。私はよく法学部の授業を取ることがあるが、たしかに授業の最初は「そもそも法とは何か?」「より良い法律とは何か?」と言ったことから始まる。たしかにこれは枠組みを疑っていると言えるので、哲学だ。「なんだよ諸学問の差異とか言っておいて結局曖昧じゃねーか!」と思うかもしれない。しかし法哲学という言葉を見たことがないだろうか。例えば法学部の授業は具体的な法律関係を扱う実定法学と法哲学などの法律の枠組みを扱う基礎法学がある(Wikipedia参照)。つまり、諸学問の中にも少なからず枠組みの外側に立つ哲学的要素が含まれているのだ。
私が最初の定義で「態度」と言ったのは、ここに由来する。私は哲学は「学問」というよりも「態度」に近いと考えている。たしかに諸学問の哲学的要素だけを扱い、枠組みを疑い続けるのが哲学という学問である。しかし、そうした態度は諸学問においても重要であり、現に諸学問においても哲学的要素は○○哲学という形で含まれている。「哲学が諸学問の根源である」というのも、哲学という学問に優位性を認めるというよりも哲学的態度が諸学問においても欠かせないものであると考えれば筋が通る。

多くの哲学を学ぶ人が哲学の定義の問いにぶつかるのは、哲学の本質が(諸学問の定義において定番である)「ある特定の対象領域を持つこと」ではなく、「枠組みの外側に立つこと」というとても特異なものであるからだろう。そして外から枠組みそのものを疑う態度、営みがまさに「哲学をする」ということだ。

つまり「哲学とは何か?」というこの問いこそ、まさに哲学そのものなのである。

以上が私の見出した哲学の定義の全てになる。
おそらくこれは正解のないものなのだろう。しかし、この定義ならば非常に幅広い分野を持つ哲学をほぼ網羅的に、そして諸学問との差異をおさえつつ説明できると思う。
どうだろうか?

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