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伝統的なお祭りに込められた、地方ならではの価値

先日、地域のお祭りに行ってきた。お祭りには何十もの屋台が出ており「夏のイベントと言えばコレ!」みたいな代表的なお祭り。コロナ禍を経て数年振りに再開したこともあり、お祭りの場にいる人たちの熱気は凄まじかった。

屋台が出ている商店街のアーケードへ近づくにつれ、少しずつ思い出す学生時代の記憶。

地元の人たちにとって、屋台と思い出は切っても切り離せない存在である。


たこ焼き屋のいかついおじさん。健康サンダルを履いているような、ちょっとヤンキーチックなお姉さん。派手な髪色にハチマキやタオルが似合う人たち。

「どんな屋台があるんかな?」と歩きながらも「誰かに会うかな?」というドキドキもあった。今でこそ、仕事の知り合いに会うかどうかのドキドキぐらいしかなかったが、学生時代の緊張感はまた別物で。

「気になる子に会えたらいいな」とか「塾の子は誰と来るんだろう」とか、一緒に来ている友達との会話はそっちのけで、周りをキョロキョロ見ていた気がする。

「探すぐらいなら、最初から気になる子と行けば良かったじゃないか」と思われるが、気になる子と一緒に行くのはリスキーすぎて行けなかった。あまりにも地元すぎて、知り合いに会うから。噂になるのを避けるのも学生時代ならではかもしれない。


普通に生活をしているだけでは思い出さなかった記憶。お祭りの風景を目にした瞬間、一気に記憶が蘇ってきた。久しぶりのお祭りに対して、僕と同じような気持ちになった人も多いはず。

お祭りに参加したことで、伝統的な行事を残し続ける意味を感じた。時代に沿った新しいことをどんどんやれば良いわけじゃない。昔の人たちが大切にしながら残してきたものを、「残すべきもの」として残していかないと。


先進的な取り組みと伝統的な行事。特に地方では、どちらかに偏ることなく共存することが大事になってくる。良いものは残し続け、より良い未来に向かって新しいものも取り入れられるように。

伝統的なお祭りにこそ、地方の魅力が詰まっていることを再確認できた。

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