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パフォーマンスを見やすくする方法

舞台設定の改善

 上演内容の改良は即座には出来ない。しかし、舞台設定の改善は次の日にでも出来る。数分で出来る。気がつきさえすればいい。改良しないのは、気がついていないからである。

  舞台の良し悪しは様々な因子が組み合わさって生じる。出演者は往々にして舞台上のことしか考えられないが、上演内容以外の要因(宣伝方法、チケット販売方法、会場へのアクセス、会場設置、物販、観客の休憩時間、上演前後の過ごし方、客席の設置)も舞台の成功の鍵となる。

 そういう因子の中でとても残念だと思う中に「客入れ」がある。

 オーガナイザーの中には「客入れ」を重要視していない場合が多い。「客入れのプロ」というのは存在しない(かもしれない)し、観客は勝手に来て適当に観て帰るものだと思っている。特に客席が固定設置されていない会場(イベント会場やギャラリーや野外)では、来場したすべての人が快適に観覧できるようにする努力をしていないように思う。

 どうすればパフォーマンスがより多くの来場者の視界に入るのか?

最前列の人にブロックされてしまう。

1) 毎年九月にパリ三区の区役所周辺で、歌や踊りや武道などのデモンストレーションを行い活動紹介する日がある。街路の一箇所を通行止めにして赤絨毯を敷き、上演される。観客は立ったまま自由にやって来て見物し、自由に去る。

 我々の出番中、数人の背の高い男の子たちが最前列に立っていた。その子達が垣根を作ってしまったから、彼らの背後にいる数十人の人々はパフォーマンスを観られなかったのだ。巨人たちは自分たちが邪魔になっていることには気が付かないし、妨害しようという意志はない。舞台にいる我々が踊りながら注意するわけにもいかない。誰かが注意してくれればいいのにともどかしい思いで踊りを終えた。結局そのパフォーマンスが見られたのはブロックしていた巨人たちだけだった。

2) 数年前パリ4区のヴォージュ広場に阿波おどりのグループが来たのだが、観客として駆けつけた私が観られたのは人垣の背中だけだった。 パフォーマンスを見られたのは囲っている一列、二列目の人々だけで、残りの数百人はせっかく足を運んでも見られず諦めて帰った。何のために行ったのかわからない。「もっと早く来て場所を取らないからだ」と言われればそうなのだが、そういうことは度々ある。

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 イベントが催され、パフォーマンスがプログラムされる。契約したアーティストが会場入りし、来場者が見物する。

 その過程で、いかに多くの観客を集めるか、いかにより良いパフォーマンスを行うかには多くの人が多くの労力も時間も割いているのに、その集めた観客にいかに効果的にステージを見せるかについては残念な結果が多い。

 どうすればパフォーマンスがより多くの来場者の視界に入るのか?

 前の人が低く、後ろの人が高くなるのが一番である。

 固定舞台であれば、ひな壇が設置できる。下の写真のように舞台の位置を高くすることもできる。

 それらが設置できない場合は、かぶりつきは座布団に座り、後ろの人は椅子に座り、その後ろの人は立って観る。オランジュリー美術館のパフォーマンス(上の写真)は有料だが、そのような設置がされている。出演者はモネの絵の前で踊る。

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 椅子も座布団も舞台もないパフォーマンスの場合はどうするのか?

 簡単だ。

 パフォーミング・スペースと一列目の間に距離を取ることだ。

 一列目の人は後ろの人のために前に詰めなければ、と思いがちなのだ。

 逆である。

 一列目が離れれば離れるほど多くの人が見られる。あの阿波踊りだって、一列目がもう数メートル離れていたら(ヴォージュ広場は広いのだから)観られた人が百人ほど増えたはずなのだ。

 だから、より多くの人が見られるようにするためには、演者と一列目の観客の間に距離を取ろう。

応用

 私のクラスでは、私と一列目の生徒の間に距離を取る。私の真後ろはブロックしないようにひとつ空間をあける(下の写真)。これでフラットな場所にいても大勢の生徒の視界が遮られることはない。

有科珠々

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Photo 1 : Jardin d’Acclimatation 2018 撮影:Kana  
Photo 2 : Musée de l’Orangerie 2018撮影:J.Alishina
Photo 3 : Galerie Martel Strasse 2018 撮影:Kunihiko Kanoh
Photo 4 : Carreau du temple : cours de Butô 2016 撮影:Philippe Thomert


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