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妄想が止まらない読書感想文「七十歳死亡法案、可決」


「七十歳死亡法案、可決」(垣谷美雨 幻冬舎文庫)。
刺激的なタイトルを書店の平積みで見つけて衝動買いしてしまった。

主人公は55歳の主婦。
85歳で寝たきりの義母を介護している。
そして、その世界では70歳になるとみんな死ななくてはならない
「七十歳死亡法案」なるものが可決されたという。

ありなんじゃないの?それ

わたしには実の両親と義理の両親合わせて4人の親がいるけど、
実母以外の3人が認知症だ。
そんな中で翻弄されて生活していると、
心から「長生きしたくない!」と思う。
「認知症になる前に死ねますように!」と願ってしまう。
息子たちにこんな苦労をかけたくない。
迷惑をかけて、うんざりされたくない。
そんなふうになる前に死にたい。
75歳くらいでぽっくり…が理想だと思っている。
だからこの小説のタイトルを見た時、
「それ!望むところやん!」と思ってしまった。

小説の冒頭で七十歳死亡法案の概要がニュース記事の体で語られる。

年金制度の崩壊。
医療費はパンク寸前。
介護保険制度の財源不足。
少子高齢化によるそれらの国家財政の行き詰まりが
七十歳死亡法案で全て解決されるという。

国家財政のことはわたしにはよくわからない。
そんなことより、自分の人生だ。
いつまで続くのかわからない介護。
どれだけのお金を、
どれだけの時間を、
どれだけの体力や精神力を、
終わりの見えない介護に注ぎ続けなければいけないのか?
自分自身の老後は?
資金は?
健康は?
自由は?

それはわたしにとって
国家財政よりもずっと重要で切実な問題だ。
その大問題も、この法律なら解決してくれるんじゃないの?

妄想トークが止まらない

同年代の友達に「こんな本読んでるんだ」と話してみた。
わたしと同様に両親の介護に苦労している友達はすぐ食いついた。
「いいじゃんそれ! 読み終わったら貸して!」と。

それから二人で妄想トークが盛り上がった。

私たちなら後17年くらい生きられるね。
七十歳で死ぬってわかってたら老後のお金の心配いらないじゃん。
一人あたま2000万とかいらなくなるってことだもんね?
60歳まで働いたら、後の10年でやりたいことをやろうよ。
そっか、この法律があれば介護からは解放されてるってことだもんね。
自由だよ!
自由だ!
どうする?何がしたい?
わたし、キャンピングカーで日本一周したい!
わたしはハワイに移住するわ!
じゃあハワイに遊びに行かなきゃ!
67歳くらいになったら卒業準備だね。
家をきれいに片付けて断捨離大会だ。
お世話になった人や大事な友達にお礼を言って回りたいな。
69歳は同級生で集まって人生卒業パーティだね。
みんなみんな70歳で死ぬって思えば諦めもつくもんね。
子供たちも、介護や税金や保険料で苦しまなくて済むね。
安楽死する日は息子家族に囲まれてみんなで美味しいもの食べて。
そうだね、「あーお腹いっぱい!楽しかった!じゃあね!」って
「最高じゃん。それがいいよ」
「そうだよね。それがいい気がするよね。」

妄想を抱いたまま人生は続く

友人との楽しい妄想トークはひとときのストレス解消になり、
その後数日でわたしは小説を読み終えた。
テーマも今の時代にぴったりだし、
読み易く面白い小説だった。
何より色々と考えさせられた。
それなのに、この小説あまり話題になっていない気がする。
内容が内容だけに、書評がしにくいのかもしれない?
やばいことを言いそうで、語りにくいのかもしれない?

この本の感想を語る上で怖いのは
「他者の死」を望んでいると勘違いされることだ。
私たちだって、単純に浅はかに妄想で盛り上がるけれど
冷静に両親や知人の死を思うと我に帰るのだ。
自分の命なら七十歳で終わってもいい。
だからといって、
七十歳でみんな死ねばいい!なんて思えるほど強くはないのだ。

平均寿命が70歳くらいだった1960年ごろは
こんな未来が来るなんて誰も思っていなかったんだろうな。
長生きが不幸と言われる未来が来るなんて。
こんな小説が生まれる未来が来るなんて。

バス停で隣にいた老婦人二人組が話していた。
あっちもこっちも調子悪くて本当に生きてるのが大変よ。
頭も体もガタガタなのに死ねないってのも辛いわよね。
どうやったら死ねるのかしら、予約できたらしたいくらいよ。
ほんとよね、病院の予約みたいに死ぬ日を決めるのもいいわねえ。

老婦人たちは声をあげて笑いながら、
明るい声でお天気の話をするみたいに「死にたい」と言う。
わたしはそれを聞きながら
七十歳死亡法案可決の世界を妄想する。

しばらくこの妄想は消えないだろうな。
こんなブラックな妄想を、
夢見るように膨らませながら
今日も明日も淡々と
生活は、続く。



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