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【連作小説】星降る物語2 第三話 新しい生活

前話

「ただ今帰りました」
城郭内の右大臣宅に帰宅するとシュリンはさっそく夕餉の準備に取り掛かろうとしてまたもやメルに豪華絢爛の衣装に変えられた。女官衣装のほうが使い勝手いいのにと思いながら。
「今日はどんな食材があるの? やっぱり買い物が必要ね。大旦那様は魚と肉ならどちらがお好み?」
てきぱきと動きながらシュリンは必要な情報を手に入れていく。女官癖とでもいうか。メルもその手腕に内心驚きながらもうちの旦那様もいい奥様をいただいたものだと思っていた。正確には式はあげてないゆえ婚約者というところだが。
「お? さっそくやってるか」
ユリアスがのぞきにやってきた。
「男子台所に入るべからず」
一昔前の言葉でメルはユリアスを追い出そうとする。
「ユリアス。あなたも手伝って。この魚さばきにくいのよ」
なになにとユリアスが覗き込むと鱗が大きなおどろおどろした魚がまな板の上にあった。見てくれは悪いが味は最高だ。こんなものを買ってくる時間はどこにあったのかとユリアスは思う。
「買ってきたんじゃないわよ。メルが仕入れてくれたのよ。礼を言うのね」
不思議とシュリンはユリアスの考えていることが分かった。
「ありがとう。メル」
そう言って老女を抱き寄せるとこめかみに口づけする。
「色ボケ男」
ぼそっとシュリンがいう。
「何か?」
「別に。さっさとさばいてちょうだい」
「はいはい。奥方様」
「その奥様とか奥方様というのやめて。シュリンという名前があるんだから。それにまだ結婚してないんだから」
「わかった。シュリン」
そういってメル同様抱き寄せようとしたのをしゅるり、とシュリンは逃げる。
さすが女官か・・・。誑し込めようとする対象になりやすい女官はもともと手厳しい。
身分の高い子女が行儀見習いに来ているのもあって身分目当てで近づくやつも多い。
シュリンはどういう理由で女官になったのだろうか。そんなことをつらつら考えていると指をほんの少し切ってしまった。
「ユリアス!」
シュリンは大慌てで止血して包帯を取ってきてぐるぐる巻きにした。
「シュリン。そんなに巻いたら使えない」
「あ。ごめんなさい」
改めて丁寧に包帯を巻き始める。
「できたわ。続きはできそう?」
「もちろん」
ユリアスは心配げなシュリンの表情に納得してこともなげに魚をさばいた。
ほぅとため息が聞こえる。
「こんなに上手にさばく人はいないわよ」
「まぁね。得意なんだ。さばくのは。というかここが遊び場だったからね」
「ってさっきメルが・・・」
男子うんぬんと言っていたではないか。子供でも男は男だ。
「まぁ。事情があってね。いずれ話してあげるよ。ほかにする仕事は?」
「ないわ。あとはメルと二人でこなせるわ。ありがとう。ユリアス」
シュリンが本当に心から感謝しているのを聞いてユリアスはなんだかうれしかった。あれだけ拒んでいたシュリンが気まぐれでも心を許してくれたのはうれしかった。高根の花だったシュリンがここにいる。ユリアスはそれだけで満足だった。まさかシュリンは自分が遠巻きに見ていたのを知らない。その時自分はまだ見合う身分でなかったからだ。ユリアスの秘密を聞いたらシュリンはどうするだろうか。いずれ話さなければならない。ユリアスは怖かった。本当の自分を知られてシュリンに嫌われたらと。このまま幸せな時間が続けばいいのにと。
夕食はやや遅めに始まった。例の魚の煮つけに時間を取られたからだ。だが味は元右大臣もうなった。
「こんなに料理上手な妻を持ててユリアスも幸運の星の持ち主だ。シュリンどうしても女官の仕事はやめられぬか?」
「はい」
シュリンは即答した。
「私には重大な仕事が待っています。今やめることはできません。こちらにお世話になっているのは感謝しています。でもそれとこれは別なのです。大旦那様もアンテ様の指南役なさっておられるでしょう。それと同じです。正妃様の女官職を他人に譲る気持ちは一辺もありません」
「ううむ。そこまで意志が固ければ仕方ない。だがユリアスにも愛情を注いでやってくれ。間違っても色ボケじじぃではないからな」
昨日のシュリンの怒鳴り声が聞こえていたらしい。シュリンは顔が真っ赤になるのを感じた。
「父上。そう間違えられても仕方ないことをしたのですよ。気にしないでください」
ユリアスがとりなす。それを聞いて元右大臣がとんでもないことを言い出した。
「なに? もう押し倒したのか?!」
さすがにそれにはシュリンとユリアスから抗議が上がった。
「大旦那様!」
「父上!」
「なに。違うのか。それならよい。一日目で押し倒すとは思っていないが。今日もだめだぞ」
「わかってます」
真っ赤な顔をしてユリアスが叫ぶようにして答える。
シュリンもなぜか真っ赤になる。
「旦那様も奥方様もうぶじゃのう」
うほほとメルだけが笑っている。
「メル。笑うところじゃないわ」
げんなりしてシュリンが言うがメルは気にも留めていない。
「早くお子がみたいですのう」
「メル!」
残った三人の声が重なる。そして顔を見合わせる。
どこともなく笑いがこみあげてくる。
食事中だというのに。シュリンは笑いをこらえようとして魚の身をのどに詰まらせた。
むせる咳にユリアスが背中をなでる。その手にあの夢が思い起こされた。
優しく暖かな手。でもユリアスは隣の部屋で寝ていたはず。
まさかね・・・。
シュリンはそう思って食事に専念し始めた。
右大臣家に来てシュリンはまた困った事態に出合った。
メルが湯あみのことを切り出したからだ。確かに基本シュリンは毎日入っていた。星の宮に穢れを持ち込んではならないからだ。昨日は失念していた。
隣の部屋にユリアスがいる。妙にどきどきして湯あみができないように感じられた。だが必要だ。
「メル。浴槽を一人で持ってくるの? 重すぎるわ」
老女が一人で持ってくるには問題がある。
「いえ。大旦那様も旦那様も一人でなさってました。男ですじゃ。重いものは男の仕事ですからな」
「で、私の湯船は誰が持ってくるの?」
「私さ」
ドアの向こうから浴槽を持ってきたユリアスがいう。
「ちょっとのぞきは厳禁よ」
「まだのぞいていない。浴槽は重いからメルでは無理なんだよ。若い女の子は君一人だから親切にも持ってきたんだ。湯も持ってくるよ。寝間着などはメルが用意する。君は質素すぎるからね」
「失礼ね。あれでもきれいなものを着てるのよ。女官には女官衣装で十分だわ」
「だが。右大臣家の人間にはもっと華が必要だな。この暗い家を照らすように。父上も珍しく上機嫌だった。君のおかげだよ」
にこにこと笑いながらユリアスは湯船を持ったままだった。呆れてシュリンはユリアスに言う。
「いいかげん。湯船を置いて。お湯なら自分で運べるわ。温度も調節できるし」
「温度の調節か。さすがは女官だな。そこまでできるのか。一度適温の風呂に入りたいよ。メルは熱すぎるんだ」
「メルに悪いわよ」
当の本人を前にしてずけずけというユリアスにくぎを刺す。本人もメルも意に介していないが。
「ま。湯船をおくから。湯を運ぶといい。私は隣でゆっくりしよう」
ユリアスはそういって部屋のど真ん中に置くと姿を消した。
「じゃ。メル。湯をわかしましょうか」
そう言って二日目も何事もなく過ぎていくのだった。

一週間もたった頃。シュリンは右大臣家と星の宮を行き来していた。ミズキもつわりがきつくシュリンなしではやっていられなかった。
シュリンは以前の出仕時間に戻してもらおうとアンテに掛け合ったが最低でも陽がのぼって一刻過ぎるまでは星の宮へ行けなかった。いらいらと支度をしているとこんこんと扉をたたく音が聞こえた。
「誰?」
髪を結っている途中で扉を開けられない状態でシュリンは声だけかけた。
「私だ。行く用意が済んだら馬で星の宮まで連れて行く。急いでいるのだろう? 私も宮殿に向かう途中だ。ついでに乗せてやる」
ついでにという言葉にむっとはしたものの。早くミズキのもとに行きたかったシュリンはありがとうと声をかけていた。
「今、髪を結っているからそれが終わったらお願い。もう少しで終わるわ」
「わかった。玄関で待っている」
そう言ってユリアスの気配は消えた。なんとなくさみしく思いながら残りの髪結いに時間をかけた。
玄関に行くとメルが女官衣装を持たせてくれる。今から仕えられる身分から仕える身分に変わるのだ。
「馬は乗れるかい?」
「多少は」
ユリアスの馬は銀色だった。美しかった。首をなでてやるとうれしそうにいななく。
「さぁ」
ユリアスが馬の上から手を差し伸べる。
シュリンは一瞬躊躇したものの手を取った。乗れないと星の宮に行けない。とろとろ行く気はない。力強い手がシュリンを引き上げた。馬の鬣を強く持つ。
馬はとんでもない速度で星の宮に向かった。
星の宮に馬が来たということでひと騒動起こってしまった。いつもはアンテが宮殿からくるだけだったため勘違いされたのだ。女官の身で馬に乗るとは、と女官長からこってり絞られた。ミズキのとりなしでやっと女官長は怒りを収めた。
この方法もダメか・・・。
シュリンがしゅんとしているとミズキが肩をぽんぽんとたたく。
「ありがとう。私のために早く来ようとしてくれたのに怒られる羽目になるなんて」
「いいえ。ミズキ様のせいではありません。軽率だった私が悪いんです。明日からまた歩いてきます。いい散歩にもなりますから」
にっこり笑うシュリンをミズキは急に抱きしめた。
「ミズキ様?」
「ごめんなさい。星読みの予言に巻き込むんじゃなかったわ。好きな人は本当にいないの?
いるなら好きな人のもとへいきなさい。星の石をあげるわ。幸せになって。私がなったように。大好きよ。シュリン」
ほほに水があたったと思うとミズキは泣いていた。シュリンがあわててる。
「ミズキ様。どうか気を静めてください。私のことなどで泣くなんて必要ありませんわ。それは光栄ですが涙をお拭きになって」
そっとシュリンは布を手渡す。きっと妊娠で気の揺れ幅が大きいのだろう。
「案外右大臣家を気に入ってますの。ユリアスはいりませんけどメルも大旦那様もいい方ですし。だから安心なさってください。ユリアスに恋人ができるまでは飯炊き女をしていたいのです」
「シュリン・・・」
「って。少しはユリアスのこと気に入ってますの。相変わらず色ボケしてますけど。それ以外はいたっていい方ですから」
「ほんと?」
「ほんとにほんとです。さぁ。泣くなんてミズキ様らしくないですわ。笑ってください」
またにっこりとシュリンが笑う。納得したのかミズキもその笑顔に納得して微笑みをこぼしたのだった。


あとがき

プロがバリンのおかげで半日寝てました。やっと起きて更新中。ライトも新しいの買って両方使えるし。それはまた別の記事で。

この話、句読点とか字下げとかあまり知らない時に書いていたので一時下げができておりません。服も東洋と西洋の混じった世界なんですが、なかなかAIはえがききってくれなくて妥協であれです。次の番外編のイラストも作ってあるのでそれでまた見出し画像作ります。

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