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星降る国物語2 第二話 奥様は女官様

前話


 シュリンはいつもの習慣で夜が明ける前に目が覚めた。
見慣れない天井に昨夜のことがまざまざと思い出される。
そしてあたたかな頭をなでる手。夢にしては妙に現実味があった。だがユリアスがするとは思われなかった。
非現実なことに頭を悩ますよりさっさと女官としてミズキの近くに行きたかった。
自分の女官服を探すが見当たらない。昨夜脱いで寝間着に着替えたはずなのに。
「お起きになされましたか・・・」
「きゃっ」
振り返るとろうそくを持った老女が部屋にいた。
「召使のメルですじゃ。ここには若いおなごはおりませぬ。よってあなた様に奥様として取り仕切っていただくよう命令を受けています。さて朝餉の種類は何になさいますか?」
「お・・・奥様??」
びっくりして言葉が出ない。
「ご主人様からそう、うかがっております」
「ああ。シュリンはもう目覚めたのか」
隣の部屋からユリアスが顔を出す。目が覚めたばかりのようだ。
「言い忘れていた。メルと朝餉を考えてほしい。女主人の役目だからな。それから出仕は今日から陽が昇って二刻たってからと申しうかがっている」
「そんな。ミズキ様に朝餉を差し出すのが私の役目なのに」
「そんなこと言ってもアンテ様とミズキ様のお達しなのだからしかたないだろう。新婚ほやほやなんだからそんなに早くいく必要もない」
新婚なんて半年前にもあったわよとシュリンは言いたかったが後宮の秘密は女官の命である。いうわけにいかない。
「ま。そういうわけで私も出仕は陽が昇って二刻あとになった。二人の朝餉を待っているから」
そう言って惰眠をむさぼるべくユリアスはまた部屋に引っ込んだ。
案外不真面目なのねとしたり顔でユリアスの消えた扉を見る。
「奥様。この衣装に着替えてくださいまし。女官服は荷物にしました。向こうでお召しになってください」
「わ・・・わかったわ。朝餉を作ったらいいのね?」
病がちだった亡き母に作った朝餉つくりの力がこんなところで役立つとは思わなかった。
こんなに広い邸宅にどれほどの人がいるのかと思えばまったくの人手不足だった。
メル一人で取り仕切っていたらしい。そういえば顔を合わせたのも父親の右大臣とユリアスだけだった。本当に主人はこの二人しかいないのかもしれない。女気を喜んだ右大臣をかわいそうに思いながらシュリンは台所へ向かった。
「お綺麗ですじゃ。一日いていただけたらいいのですがさすがは正妃様付き女官というのは大変なお役目。引き留めるのが無理ですじゃな」
メルはぶつぶつ言ってシュリンに衣装を着せる。こんなきれいな衣装は初めてだ。仕えているミズキはこんな派手な衣装は着ない。質素なそれでいて上品なものを選ぶ。シュリンに与えられた衣装は大きな牡丹があしらわれたものだった。
「これで朝餉をつくったら汚れるわ」
シュリンが抗議するとメルはまたぶっ飛んだことをいう。
「汚れれば着替えなさったらいい。前の奥様の衣装が山ほど残ってますじゃ」
ミズキもびっくりするだろう。少し汚れては着替えてを繰り返すというのだろうか。
「め・・・メル? 私、衣装は一着でいいんだけど」
「まさか右大臣家の奥様となれば衣装は百あってもよろしいはずじゃ。一着で過ごすなど言語道断」
メルから大雷を落とされてシュリンが首を引っ込める。
「わかったわ。汚さないように気を使って朝餉を作るわ」
そしてシュリンはたった四人分の、元右大臣、ユリアス、シュリン、メルの朝餉を作ることになった。
「昼餉はどうするの?」
帰って作る暇はない。
「大旦那様もユリアス様も宮殿でお食べになるゆえ必要ないですじゃ。夕餉は遅めになりますから奥様も余裕を見てお作りになれますじゃ。いざとなればいつも通り私が作ればよい話。もっとも大旦那様はがっかりなさるでしょうな。若いおなごの食事は華やかゆえ。わしが作ったら粗食になりますからな」
「あら。私もそんなに豪華な食事はつくらないわよ。もっともここの食糧庫の事情にもよるし」
いつものように一人で食べていたように食事を作る。いつもはたしたものを食べないが大旦那様たちは口が肥えているだろうと豪華目に作った。メルも何年もこの食事つくりは大変だったろう。もともとは大奥様という人物がいたはずだが、何年も前に亡くなったらしい。自分と同じだ。ユリアスは母親のことをどう思っていたのだろうか。自分にとっては大事な存在だった。女官として上がる前はたった一つの世界だった。母といる空間が自分のいる空間だった。ミズキにつかえてはミズキのいるところが自分の居場所だった。だが今、右大臣家に入りまた居場所が増えてしまった。とここまで考えて首を振る。
居場所になるもんですか。ここから逃げ出すことを必死で考える。いっそ星読み様に会えれば。星降りの原因も解かれるはず。星読み様は星の宮とも宮殿とも違う場所に隠れて住まわっているという。そこに行ければ。
ユリアスはどういうだろう。昨日の態度では星読み様など必要ないというだろう。
星が降った。それですべて決まったのだ。彼にとっては。ほかに好きな女性はいなかったのだろうか? 婚約者も。もともと王付きとなる重要な役目を負ったものに何もなかったというのが珍しい。おかしいとシュリンの脳裏で警戒の光がぴかぴかと光っていた。
この右大臣家には何か秘密がある。見てはいけないもの。シュリンの罪と同じものが。
だが詮索して掘り出したくはない。昨日と同じようにがちゃがちゃとユリアスとけんかしてメルと食事をつくり、大旦那様と穏やかに過ごす。それでよかった。
いつか結婚かもしれないがそれは今考えたくなかった。
ただこの初めての奥様役が務まるかわからないが。家の采配にも気を配るはずだ。
来客用の食事や夜会の取り仕切り。これほど大きい家ならある世界。女官と両方こなすにはどうしたらいいのかと道中考え用水路に落ちかかった。
いつしかあの家での役目をも考え始めていた。たった一晩泊まった家のためを考えていた。自分もお人よしだ。我ながら笑える。
こっそり笑ってミズキに見られた。
「どうしたの? 何か面白いことがあったの?」
ミズキの瞳はキラキラしている。右大臣家の中でロマンスが起こったとでも思ってるのだろう。
「なんでもありませんわ。今日はどうやってユリアスを煙に巻くか考えていただけですわ」
「やっぱり好きにはなれない?」
心配気にミズキは言う。国のためとはいえ巻き込んでしまったことにミズキは後悔していた。大事な友達を謀にかけたのだ。シュリンもあの時そう思っていたのだろうか。あの毒殺未遂に。
「好きな人でもいるの?」
窺うようにミズキはシュリンを見る。
「まさか。私にはミズキいえ正妃様一筋ですわ」
「そんな恋心捨ててしまいなさいよ」
「いーえ。私は誓ったのです。正妃様が命を取り戻した時に一生正妃様にお仕えしようと」
きっぱりというとミズキは困った顔をする。
「正妃様?」
「みんなそういうのよね。シュリンぐらいは名前で呼んでほしいわ」
「畏れ多いですわ」
「友達じゃない。星降り仲間じゃないの。お願い名前で呼んで」
ミズキが懇願してシュリンは音を上げた。なんだかんだといって自分はミズキに甘い。
「わかりました。この人馬宮ではそうよばさせていただきます。でも外では無理ですよ。みな女官達が見ているのですから」
「わかったわよ。ここだけでも名前で呼んで」
「はい」
シュリンは年上のミズキがいとおしくてにっこり笑った。
夕日が落ちる。
シュリンは夕餉の時刻を思い出してそわそわしだした。
それを面白そうにアンテとミズキが見ている。やはり星降りは間違っていない。二人には確信があった。問題は当人たちに認知が行くかどうかだ。
「シュリン。もう上がっていいわよ。私はアンテと二人きりになりたいから」
「それなら別所に控えておりますが」
「だ・か・ら。誰もいない空間で二人きりがいいの。ほかの女官達も上がるでしょう?」
以前アンテに食って掛かっていたミズキはこの半年で大きく変わった。つんつんとしていた性格はたまにしかでない。アンテも優しくなった。恋とはこういうものだろうかとシュリンは思う。
「ミズキ様がそういうなら今日は上がります。ですが陽が上がって二刻で出仕は一刻となりませんか?」
「シュリンが忙しくなければ」
ミズキの代わりにアンテが答える。
「ありがとうございます。それでは夕餉を作りに帰ります」
「夕餉? ユリアスではないの?」
「当たり前です。大旦那様の食事つくりに帰宅するだけです。ユリアスは適当に食べたらいいんです。若いんですから。仕事仲間との付き合いもあるでしょうし」
「そうか。ユリアスなら先ほど飛んで帰ったぞ」
面白そうにアンテがいう。
「まぁ、飯炊き女になるだけです。あまりにも大変そうなので」
強がりなのかなんなのかわからない気持ちでシュリンは答える。
「ユリアスでは頼りない?」
ミズキが問う。
「ユリアスは色ボケじじぃなので眼中には入りません。メルが大変なので手伝うだけです」
「メル?」
「右大臣家の唯一の使用人です。あの家には居住人が四人しかいないのです。四人ではさみしすぎます。大旦那様は私を気に入ってくださっているのでお心をほぐせたらと思っております。ユリアスは論外です。額に口づけなど色ボケしてる男ですわ」
「額に・・・」
「口づけ・・・」
それだけで色ボケ扱いはかわいそうだろうというのがアンテとミズキの見解であるがシュリンはその見方を変えないようだった。
「まぁ。押し倒されたら私に連絡しなさい。さすがにそれは見過ごせないからな」
アンテが苦笑いしながらいう。
「その前に大事なところを一蹴りさせていただきます」
そう言ってシュリンは星の宮を後にした。残されたアンテが大笑いしているのも知らず。
「あれはミズキ以上の堅物だな・・・」
「ちょっと笑いすぎよ」
おなかを抱えて笑うアンテにミズキが突っ込む。
「いや。そういえばお前も役人に一発、お見舞いしていたな」
「昔のこと蒸し返さないでよ」
つんとそっぽを向く。
「お。懐かしのつんつんか。それはそれでいいものだな」
すぐにミズキのつんとした表情が崩れる。
「今はシュリンがつんつんよ。星降りの件ちゃんと責任もって解決してあげてよ」
「わかった」
真顔で答えたアンテはミズキの頤に指をそえた。


あとがき
見出し画像は加工品ですが、内容はまったくのオリジナルです。勘違いする方いたら、困ると思って書いています。今のところ、掲載中でAI使ってる文章物はほぼないです。過去に止まっているものなどはあるんですが。自力執筆品ばかりで。なので「とびっきり」の次話今日出ないわけです。4000字
毎日は打てません。おまけに疲れ切ってて。寝てばかり。昼間起きていろいろしようと思ったのですが、ネットの悪意のある記事の見出しばかりに落ち込んで、やる気を失いなんとか今、やってます。これやったらあとは「最後」のみなので、休憩しながらします。やっと覚醒。自室に戻るたびにベッドに。寒い~と。温度を上げてなんとか、更新作業。それではここまで読んでくださってありがとうございました。

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