見出し画像

世界が終わる前に

年始とか誕生日とか、そういう人生の節目には100の願い事みたいなものを手帳に書いてみたくなる。そんな重大機密が書かれた物を、絶対に他人の目に晒すわけにはいかなくて、自ずと扱いが丁寧になる。

でも、今年のお気に入りの手帳は、鞄の中に一緒に入れていたプラスチックの水筒が割れて水でヘニョヘニョになってしまった。ふやけた紙に滲む文字。もうすぐ私の誕生日。34歳を迎えるときに、私が願うことはなんだろうか?

大好きな人と一緒にいたい。
素敵な自分になりたい。
行ったことのないところに行ってみたい。
美味しいものや素敵な経験を誰かと分かち合いたい。
いつも願いは平凡で、そんな私の平凡な日常が続いていく。

もうすぐこの世界が終わりを迎えるとしたら、私は何をして過ごすだろうか?

この前、とても不思議な夢を見た。
世界の終わりを悟りながら、その瞬間を迎えることはきっとないだろうと思う。けれど、終わりを知らない人たちの日常的な暮らしの中で、もうすぐこの世界が終わることを唯一知っていた私には、皆のいのちが輝いて見えた。今思い出しても泣いてしまいそうになるくらい、切なくて温かい夢。今まで出会ってきた優しい人々とすれ違う日々が掛け替えのない瞬間だったと思えるような夢だった。

夢の中で世界が終わりを迎える前に、私は大切な人たちに祝福と感謝を告げた。
そして、やり残したことがないように、最後の瞬間まで生き続けた。
滅んだとしても、この世界の美しさを形に残そうと、絵を描き、詩を書き、写真を撮った。そして、目が覚めた。

心と身体で世界を感じて、精一杯生きることはそれだけで幸せだった。
たとえ世界が滅んでも、滅ばなくても、私はただ一つの生き物として、こう生きればいいんだなと腑に落ちた朝だった。

私にとって、全てを終わらせてしまいたくなるような瞬間がこの先訪れたとしても、この世界は淡々と日常を紡いでいく。であるならば、自分の生が終わりを迎えるそのときまで、その一瞬一瞬を余すことなく享受するのが良い。そうして集めた私の思い出は、喜びの色も悲しみの色も、きっと鮮やかで輝いている気がする。

ヘニョヘニョになった2023年の手帳に、少し脱皮した新しい私が書く願いごとがなんなのか、今から楽しみである。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?