【ファンタジー小説部門】ぜんぶ、佐野くんのせい(第15話)#創作大賞2024
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「小芝井に僕の気持ちなんて、分からない!」
「分かりたくもないですよ!」
丈太郎もつられて立ち上がる。視線と視線が絡み合う。どちらも目を逸らさない。
「少なくとも、僕はこの力のせいでたくさん苦労してきた。見たくもない他人の背景が無理矢理視界に入ってくるんだ。きっと想像もつかないだろう!」
片桐は唇にまで伝播した震えを抑えるように、ギュッと噛み締めた。しばらくしてから続ける。
「優しいクラスメートの後ろに薄気味の悪い中世の処刑執行人が立っていたり、人気者のクラスメートの後ろに汚いボロを纏った惨めな浮浪児が蹲っていたり。素行が悪くてみんなに嫌われていたクラスメートには、見たこともないグロテスクな爬虫類がうじゃうじゃ取り憑いていた! こんなのが日常だった。そしてあるとき、僕は気づいた。背景にあるものは文字通り、その人間の『背景』なんだ。まったく無関係じゃないってことだよ!」
丈太郎は、片桐の目が少し潤んでいるのに気づいた。なんと返したらいいのか分からない。口を開けたり閉じたりしていると、片桐が続ける。
「普通に接していても言葉の端々に、行動の一つ一つに、その人間の『背景』が顔を覗かせるようになる。僕はいつしか人間不信になった。誰とも深く関われない。まるっきり上辺だけの関係。だから訓練して、見たくないものを見ないで済むように、頭の中に切り替えスイッチを持つことにしたんだ。これがあることで僕は穏やかに過ごすことができるようになった。目の前の人間の『背景』ではなく、その人そのものと向き合うことができるようになった。でも、やっぱり一時凌ぎでしかなかったんだよ」
「あの……」
「まだ続きがある!」
片桐は口を挟もうとした丈太郎を遮った。
「親密になればなるほど、今度は逆にその人間の『背景』が気になってしまうようになった。せっかく心を許せると思ったのに、実はとんでもないものが隠されていたらどうしよう。『背景』を知ってしまった上で、以前のように付き合えるだろうか……。僕にはまったく自信がなかった。きっと切り替えスイッチを手に入れる前の生きかたが、トラウマになっているんだと思う。十八になった今でも、ゼロか百かでしか考えることができない。だから、もう二度と誰とも親密にはならないようにしようと心に誓った。誰も大事じゃないし、誰も僕の人生にとって重要じゃない。だから、もう別に、切り替えスイッチなんてあってもなくても同じようなもの。重要じゃないクラスメートの『背景』は本当に言葉そのものの『背景』だからね!」
そこまで言うと、片桐は身体中の力が抜けたかのように、ドカッとベンチに腰を下ろした。
「先輩……。目、ちょっと濡れてる」
丈太郎も座って、ポテトの袋に入っていた塩と油まみれのナプキンをスッと差し出した。
「こんなので拭いたら、目が痛くなる」
片桐は、バカ! と言いながら堪えきれずにポタポタと涙を落とす。
「本当にバカ!」
「じゃあ、俺の汗を吸ってほのかに匂い出したTシャツの裾をお貸ししましょうか?」
「いらないよ!」
言いながら、片桐は自分のズボンのポケットからハンカチを取り出した。
「先輩にそんな過去があったなんて知らなかったから、なんか……言いすぎたかもしれません」
丈太郎はチラッと盗み見るように片桐に視線を向ける。
「右も左も分からないうちから化け物とか見えてたら、そりゃあ、自己防衛機能も過剰になりますよね。特別な能力開花しちゃったーなんて浮かれている人間見たら、そりゃあ、ムカつきますよね。それに、先輩を十和子さんのところに誘ったのは俺だし。勝手に誘っておいて、心の中で笑ってたんだろ! なんて言っちゃう俺、完全に頭やられてる」
丈太郎は思いっきり自分の頬をビンタした。片桐が鼻を啜り出したのを見て胸が痛くなり、もう片方の頬も打つ。こんな痛みじゃ足りない。先輩はもっと傷ついている。
「気持ち悪いからやめて」
三度、四度と黙々と頬を打っていたら、片桐に腕を掴まれた。
「先輩、俺……」
「謝らなくていいよ。反省もしなくていい。別に友達でもなんでもないんだから。僕が勝手に傷ついているだけだ」
さっき自分が放ったセリフをそのまま返されて、丈太郎は胸がチクリと痛んだ。俺って本物の最低野郎だ! 友達が欲しくても作れなかった先輩の身になってみろ! アホ! もう一回母さんの腹の中からやり直せ!
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