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『ブラック・ウィドウ』が戻ってきた週のこと

7月6日の午後15時、千代田区から渋谷方面へタクシーに乗っていた。本来なら外苑前を経由して渋谷に向かうはずが、表参道・原宿側から回り道をしなければならないという。どうやら国立競技場の周辺の交通規制の影響らしい。その日、ワクチンが事前に発表されていた数の4割しか確保されていないことが明らかになった。そのことは2ヶ月、隠されていたという。そのことが発覚したあと、午後17時からはオリンピック壮行会が開催が開催された。

7月7日。茨城県ひたちなか市で開催予定だったROCK IN JAPAN FESTIVALの中止が発表された。開催発表は6月8日、すでにチケット販売が始まり、タイムテーブルが発表されたあとの出来事だった。

おかしいことがおかしいまま進み、そのことがまかり通ったまま時間も生活も進んでいく。


7月8日の9時から11時24分。池袋グランドシネマサンシャインで『ブラック・ウィドウ』を観た。

マーベルシネマティックユニバースの24作目の映画作品(ドラマ・シリーズも含めると27作品目)である本作は、2020年の5月1日に公開予定だったものの、幾度となく公開延期を繰り返し、結局、映画館とディズニーが保有するストリーミングサービスDisny+の両方で公開されることが決まった。

こうした公開形式は今年に入り『ラーヤと龍の王国』『クルエラ』などの作品でも採用されている。しかしながら、この2作品はTOHO CINEMASをはじめとした大手シネコンでは上映されておらず、今回の『ブラック・ウィドウ』も従来のマーベル作品よりも規模を縮小しての公開を余儀なくされている。『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』以来2年ぶりに公開されるマーベル映画なのにもかかわらず、である(これもおかしな話だ)。

本題へ移ろう。
(映画の内容に触れているので悪しからず)

本作は、スカーレット・ヨハンソン演じる元殺し屋のエージェント、ナターシャ・ロマノフ(ブラック・ウィドウ)を主人公に据えた作品だ。

ナターシャは『アイアンマン2』(2010年公開、シリーズ3作目)で初登場して以降、マーベルシネマティックユニーバースの主要キャラクターとして活躍し『アベンジャーズ:エンドゲーム』(2019年公開、同23作目)で命を落とし、シリーズから退場した。

もっとも、この映画で描かれるのは彼女の過去だ。物語の核になるのが、『キャプテン・アメリカ:シビル・ウォー』(2016年公開、同13作目)と『アベンジャーズ:エンドゲーム』(2018年公開、同19作目)にあった出来事ーーナターシャがヒーローを規制する法案「ソコヴィア協定」に違反し国際手配犯として逃亡しているときにあった事件である。

彼女は逃亡中、自身の「血の繋がらない妹」エレーナ・ベロワ(演:フローレンス・ピュー)と再会する。

こでナターシャとエレーナを監禁し、ソルジャーとして育てた組織「レッド・ルーム」が暗躍していることを知る。

その支配者、ドレイコフは少女たちを洗脳し、使い捨ての兵士として利用していた。組織から脱走したナターシャは彼を以前暗殺し、レッド・ルームも壊滅したはずであった。エレーナはナターシャの脱走後、レッド・ルームの科学洗脳を受けていたものの、洗脳を解くためのガスを浴び脱走をできたという。

2人はそして他の少女兵たちを開放し、ドレイコフ復讐を誓う。

このストーリーから察しがつくように、言ってしまえば前時代的なスパイ・アクションであり、しかも既存のアベンジャーズの登場人物は登場しない。
にもかかわらず、マーベルシネマティックユニーバースの文脈を理解できないと楽しめない部分も多い。「マーベル流スパイ・アクション」といってしまえば聞こえがいいが、意外性のない映画であることは否めない。

本作の一番の面白みといえば、フローレン・ピューやレイチェル・ワイズ、デヴィッド・ハーパーをはじめとした名優たちが、マーベルヒーローを演じていることだろうか。

(個人的には、ハーパーが演じるナターシャとエレーナの育ての親、アレクセイ・ショスタコフことレッド・ガーディアンが愛おしい。『ソ連のキャプテン・アメリカ』と言われながら長年投獄されていたが故に、過去の栄光にすがってるダメ親父キャラだ)

身も蓋もないことを言えば、『ブラック・ウィドウ』は、過去の伏線を少しだけ回収し、名優たちがヒーロースーツを着てアクションをする、マーベルファン向けのサービス映画とも言える。

しかしながら、この映画の背後にある「支配構造が温存される仕組み」は考える意味がある。

支配者であるドレイコフは、地上ではなく上空から少女たちをコントロールする。

同時に、アベンジャーズがレッド・ルームの存在も、少女兵を暗躍もアベンジャーズが気づいておらず、感知していないことが強調される。つまり地上にいるそして悪しき存在を監視する者たちが見えないなかで支配構造が温存されているのである。

ヒーローが気づかない敵がいた、ということ。
これはいままでのヒーロー映画で描かれなかった命題である。

また、ドレイコフは少女たちをさらい、生殖能力をなくし、暗殺者として訓練をし、残虐なことをさせている。しかし、高度な技術によって脳を科学的にハックされた洗脳された少女兵=ウィドウたちはその指示に背くことができない。支配される側はそもそも支配されていることに気がつくことができないのである。

洗脳を解かれた直後のエレーナ、そして少女たちは「自分が何をしていいかわからない」と言う。支配され続けるということは意思の持ち方をも忘れさせる。

悪しきことがまかり通る状況。
それは悪しき仕組みを監視する人々がそれを見過ごし、支配された者たちがその仕組みに無自覚であり続けるときに生まれるのである。

『ブラック・ウィドウ』を見てから6時間後の17時。4度目の緊急事態宣言が発令された。オリンピックは予定通り、23日から開催されるそうだ。

僕はエレーナたちのセリフを思い出す。

「何をしていいかわからない」と。

(ボブ)


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