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【ネトフリ】ファミリーコメディ『#black AF』と「視線」の話

今年1月に発売されたTVODによる対談本、『ポスト・サブカル焼け跡派』は1970年代から2010年代までの社会を、各年代にポピュラリティを得た15組のポップミュージックの作り手を通して紐解くものであった。

ここで取り上げられるのは、大衆の「視線」に翻弄されてきた人物たちだ。アーティストとしてのスタンスが大衆の無意識と符合し多くの視線を受けた者、大衆からの視線を自ら作り出した「キャラ」によってコントロールしたものに、あるいは予期せずして大衆の視線によって消費されてしまった者。

一度ポップカルチャーの仕組みに組み込まれてしまえば、最後。大衆の視線からは逃れることができない。そしてこの「視線」は、日本の社会状況やメィア状況によって自然と形成されてきたものだ。だからこそ、「視線」を受け続けるポップスターの在り方を読み解くことは、その国の社会のあり方を読み解くことに繋がるのである。

そんな「視線」の話を主軸に、現代のアメリカの在り方を示したコメディがNetflixオリジナル作品「#black AF」である。

この作品の脚本・監督・製作総指揮・主演を務めるのがケニヤ・バリス。2014年に黒人の家族を描いたシットコム『ブラッキッシュ』でブレイクした脚本家である。36歳の時にブレイクした彼は、その後様々なテレビシリーズや映画の脚本・プロデュースなどを手がけ、多くの賞を受賞。アメリカのセレブリティの仲間入りを果たした。そんな中で、Netflixとの契約を発表。まさにいま、キャリアの頂点にいる。

そんな「セレブリティで成功者のケニヤ・バリス」という視聴者からの視線を、彼はそのままコメディドラマの題材に選んだ。

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この作品は、主人公ケニヤ・バリスの(ドラマ上の)娘、ドリューが撮ったドキュメンタリーという形式で話が進んでいく。彼女はニューヨーク大学の映像科の入学試験のために、父バリスだけでなく、母親のジョヤ、6人の子供全員にカメラクルーを着け、周囲の人々へのインタビューまで収録している、という体裁だ。

バリスは、贅沢をすることを生きがいにしている。ラッパーが身につけるようなNikeやOff-Whiteの限定アイテムを買い、ゴールドのチェーンをつける。付き人をつけてはこき使い、怪しい仲間を引き連れる。ついで子供たちには高級品を買い与える。まさに典型的なアメリカのセレブリティ(というかラッパー)の暮らしをする。

彼はそうした暮らしをする理由をすべて、「黒人が置かれてきた状況がそうさせた」と語る。「白人に比べて、黒人は社会的に苦難を強いられてきた。だから『成功した人間である』と白人に見せつけなければいけない」みたいなことを言い続ける。(要はナメられたくないのだ。)しかしながら、バリスはそんな’White Daze(白人の視線)’を恐れ、がんじがらめにされていく。

しかしながら、彼は’White Daze’だけではなく、あらゆる「視線」に翻弄されまくる。周囲からいい父親と思われたい一心で無理やり野球チームのコーチに就任したり、イケてる夫婦だと思われたくて若者向けのヒップホップフェスで無理やり盛り上がる。娘が紫色の髪色に染めると「そんなの’ソット’みたいじゃないか」と慣れない若者スラングを使って怒り、娘からの顰蹙を買う。人気の映画を観て「面白さがわからない」としながらも、同業者の目を気にしてそのような発言をするのもためらう。

挙げ句の果てには、母親が子供たちから信頼されていると嫉妬し、家族旅行のためにプライベートジェットや無人島を購入する。

あらゆる「視線」を嫌いながらも、自分の評価を気にするバリスの姿は、おかしくも悲しい。それはケニヤ・バリスが自分のパブリック・イメージを利用したキャラクターを作り出し、自ら演じているからこそ生まれる悲壮感であろう。(実際にケニヤは妻と6人の子供を持っていたが、昨年離婚している。)

そして、見ているうちに自らもなにかしらの「視線」によってやせ我慢をして、翻弄されているのではないか、という気分になってくる。ケニヤのようなセレブリティほどではないだろうが。

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『#black AF』は「視線」から手段をいとも簡単に提示する。それは「自分たちが愛するものだけを気にして生きていけ」ということだ。この結論があまりにも普通すぎて拍子抜けする。でもそれは真理なのだろう。あまりにも簡単すぎることほど、出来ないものなのだ。

しかしながら、そうした「単純な」結論のせいか、アメリカの批評サイトでの評価はあまり芳しくない。だいたい40%〜70%の間を推移している。でも、このドラマを作ったケニヤ・バリス自身は、そんな「視線」を気にしていのだろうけど。

(ボブ)

【第54週目のテーマは『我慢』でした】

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