見出し画像

140字小説 No.-151‐200

タイトルからツイッターで載せた作品に飛ぶことができます。
お気に入りの作品にいいね、RT、感想などしてもらえると幸いです。

【No.-151 雪葬】
雪合戦に興じる子ども達を横目に、まっさらな歩道へと踏み出せずにいた。綺麗なものは汚したくないくせに、少しでも濁ってしまえば気にしなくなる。私のせいじゃないからと『誰か』を言い訳にする浅ましさを、雪の中に埋めて消えたかった。白い吐息が揺れる。私の軽薄な命が、しんしんと――

【No.-152 言葉の外側】
空気を読む。先を読む。余白を読む。察しの文化と言えば聞こえがいいけれど、要は大切なことを濁しているだけだ。「諦めなければ夢は叶う」という妄想を信じるのに、何百ページの行間を読まないといけないのだろう。伝えたい気持ちは言葉にしないと伝わらないよ。なんて、声を出さずにいた。

【No.-153 生活は続く】
昔からどんな稽古も長続きしない私に、どんな仕事も長続きしない叔父が「俺達は『継続しない』を『継続してる』んだよ」と笑っていたの思い出す。延命治療を拒んだ叔父は命を繋がない選択をした。それはきっと悪いことではない。明日もたぶん幸せじゃないけど、それでも、私の生活は続く。

【No.-154 恵方に進む】
お皿を用意しながら、彼女が「恵方巻きは『ええ方マーク』が由来なのよ」と豆知識を披露する。日本発祥の文化に英語は使わないだろと茶化せば、気まずさをごまかすためなのか恵方巻きにかぶりつく。無言で食べ切れば願いが叶うという言葉を信じて。僕達の素晴らしき行く末よ、南南東へ進め。

No.-155 命だった
「このアイスケーキを二つに分けてさ、小さな方にイチゴを、大きな方にチョコプレートを乗っけたら、どっちに価値が――」「ねぇ、」命だったご馳走を前に、私達には今日があることを祝う。「溶けちゃうよ」「そうだね」ろうそくの火を消す。暗闇が灯る。「誕生日おめでとう」「ありがとう」

【No.-156 恋の一手】
高校の帰り道、幼なじみが急にグリコじゃんけんを始める。グーかパーしか出さないので僕の圧勝だった。けれど、ポケットから覗く小箱に気付いてとっさにパーを出す。チョキで勝った彼女が「チ、ヨ、コ、レ、イ、ト!」と頬を染める。あと、数歩の距離感。次に出す僕の手はもう決まっていた。

【No.-157 夢泥棒】
寝起きに頭がぼんやりするのは、夢泥棒に夢を盗まれた影響だ。良い夢が続くと現実に戻れなくなるし、悪い夢が長いと虚構で亡くなってしまう。優しい人には狡い奴から盗んだ良い夢を、狡い奴には優しい人から盗んだ悪夢をばらまく。夢泥棒は現実と虚構、正義と悪のバランスを取る義賊なのだ。

【No.-158 アンチノミー】
同棲も彼との別れで終わる。不要なものを捨てる度に、心の中に淀みが積もるのはどうしてだろう。思い出を分け合うと言えば聞こえはいいが、嫌いを押し付けてるだけなのかもしれない。私達でひとつずつ得たものを、私達がひとつずつ失くしていく。鍵を開けるのも閉めるのも全てこの手だった。

【No.-159 恋の魔法】
小学生のとき、天体観測中に先生が「今からやることは内緒ね」と微笑む。細い手が空を覆う。三日月が雲に隠れる。気付けば先生の手に黄金色の分度器が握られていた。あれはマジックだと思うけど、幼い僕には魔法使いに見えた。大学生になっても胸が高鳴る、先生にかけられた恋の魔法だった。

【No.-160 命を分け合う】
双子の姉とは高校生になっても仲が良い。なんでも半分こするほど私達は共有し合った。好きなお菓子、ファミレスの会計、嫌いな野菜、どしゃ降りの日の傘。彼氏だったものを森の奥深くまで運ぶ。泣きながら穴を掘る私の側で、姉は理由も聞かずに手伝ってくれる。「大丈夫、罪も半分こだから」

【No.-161 ノーチラス】
集落では年に一度、空っぽのコップから透明を飲む仕草をする儀式があると話す。満たすのではなく、失うのを目的にして心に流し込む。遥か昔、この場所は街だったらしい。集落を襲った『何か』を忘れるための所作だと言う。「風化するのは悪いことじゃないよ」溢れた涙から、潮騒の音がした。

【No.-162 恋の一口】
「ドーナツのまんなかをくり抜いたら鈴かすてらになるんだよ」バレンタインのお返しに、幼なじみから手作りの鈴かすてらをもらう。「二つが合わさったらあんぱんになるんだ」今はまだ微妙な距離感だけど、いつか、一緒になれることを信じて。ドーナツみたいに甘い、彼の片割れを口に含んだ。

【No.-163 まっさらな虹】
日々のやるせなさと、しがらみが光って宙を舞う。将来をテーマに作文を書きながら、足下に落ちた消しゴムを拾うと最高のボロボロ靴が視界に映る。「夢はいつか本当になる」って誰かが歌っていた。悔し涙に目が霞み、だけど前を向く。ポケットの中に隠した夢から、蕾がいつか花ひらくように。

【No.-164 課金小説】
施設から実験体の____ケンが脱走する。これも何かの____か。____テッドである俺も騒ぎに乗じて逃走を図った。弾を撃つ度に広がる____を払いながら、奪ったトラックのハン____を握る。堅牢な防護壁を突き破って外に出ると、久しぶりの太陽に目が眩む。廃村____には____の花が咲き誇っていた。

【No.-165 deconstruction】
「『幸せ』の語源は『しわ寄せ』なんだって」彼女いわく、いくつかの不幸を誰かに押し付ければ、大抵のことは幸せでいられるらしい。『幸せの背景は不幸』と誰かが言っていた気がする。「私の幸せは、誰かの不幸なのかもね」困ったように微笑む。彼女の悲しみの繭が羽化しないことを、願う。

【No.-166 寓話】
彼との別れはパスタの茹で方や、カルピスの希釈量といった些細で、些末な出来事である。きっかけはどうでもよかった。離れる理由がある、という理由が欲しかっただけなのかもしれない。飲めないコーヒーに気持ち悪くなる程の砂糖を入れた。苦いことは全て、不明瞭にしてきた後悔を飲み干す。

【No.-167 シャッタードール】
明るさのない車掌の声が、どこかの車両で起きた駆け込み乗車を窘めた。知らない誰かの急いだ事情を考える。旧友の死に駆け付けるのかもしれない。新しい命に立ち会うのかもしれない。それでも、電車が遅れたことに苛立ちを覚えてしまう僕の心は、誰かを突っぱねるように閉まったままなのだ。

【No.-168 明晰夢】
作家になることを目指しては、何度も、何度も筆を折る。努力もしてないくせにスランプだなんて烏滸がましい。絵描きになりたい、という彼女の夢を嘲笑った行く末が今だ。有名となった彼女に、くすんだ将来を彩って欲しかった。どうか、有象無象にすらなれない、僕の輪郭を明晰に描いてくれ。

【No.-169 信仰知能】
AIに仕事が奪われると言うのなら、逆にそいつを使って金を稼げばいい。今ではAIに小説を書かせるだけで多くの反響があった。けれど、仕事に繋がることは少ない。今まで見て見ぬふりしてきた感想が目に飛び込む。『あなたの言葉ではないのなら、それはもうあなたである必要がありません』

【No.-170 煙言葉】
「本を読んでもよろしいですか?」「どうぞ。一日に何冊お読みに?」「二冊ですね」「読書年数は?」「三十年ですね」「ところであそこに文学賞を取った本がありますね」「ありますね」「もしあなたが読書の時間を執筆に充てていたら、あれくらい書けたんですよ」「あれは私の小説ですけど」

【No.-171 死季の街(正しい街の破片①)】
季節税がある街で、納税しなかった者には四季が訪れない。お花見も、海水浴も、紅葉狩りも、雪合戦も、いずれ楽しむことは叶わなくなる。その不条理さに住人達は業を煮やして、ついには義務を守らなくなった。最後の一年が迫る。季節のバランスが崩れた街は、やがて終わりの時を迎えるのだ。

【無題記録①】
季節のバランスが崩れた街に訪れた。向日葵に雪が降り積もったり、桜が鰯雲に舞ったりと幻想的な光景に思わず目を奪われる。しかし一体誰が、何の理由で、どの場所に季節税を集めているのだろう。季節を操っているのは何者か。そういえば私に、冬を過ごした記憶がないことを思い出す。

【No.-172 残響の街(正しい街の破片②)】
誰もいないはずの路地から会話が聞こえてくる。驚く私に老夫婦のおばあさんが『この街は声が遅れて届くのです』と紙にペンを走らせた。そのとき――「ジジイになってもお前のこと好きだからな!」どこからか無邪気な男の子の声が響く。咳払いを一つして、おじいさんが恥ずかしそうに笑った。

【無題記録②】
声はどれだけの年月を越えるのだろうか。小さな言葉も、いつか大きな物語となって返ってくる。そこに本人がいなくても、きっと誰かが代わりに受け取ってくれるはずだ。私の旅の意味が、私の生きている理由が、今は思い出せなくても届いてほしい。何年、何十年、何百年後かの、誰かに。

【No.-173 色災の街(正しい街の破片③)】
街に足を踏み入れた瞬間、私のつま先から色が失われていく。古い写真のようにモノクロになった体と景色を眺める。過去に色の大洪水が街を襲ったそうだ。身を寄せ合い、少しずつ色を取り戻しながら復興を目指す。目の色も、肌の色も、この街では等しく。そこに人種や国境なんて関係なかった。

【無題記録③】
色災の街を後にしてから、すぐ元通りになるだろうと思っていた体は、未だ色が戻る気配がなかった。けれど、胸の辺りに確かな熱を帯びる。もし、魂に色が存在するならば、それは鮮やかであることを願う。魂の色を、私が私でいることを強く思い描くと、モノクロだった体に色が広がった。

【No.-174 浮力の街(正しい街の破片④)】
浮力の街では気持ちが浮つくと、重力を失って空に放り出されてしまう。全ての生活を施設内で完結できるように、外には娯楽と呼べるものがなかった。それでも、地上から離れるのを厭わない高校生のカップルを見つめる。幸せそうに飛び立つ二人に向かって、伸ばした両手の行く末がさまよった。

【無題記録④】
空に浮かぶ高校生達の姿が頭から離れなかった。家の中でもデートはできたはずなのに、それ以上に浮力の街の景色を、青春を楽しみたかったのだろう。当たり前のことだけど人は自力で空を飛べない。だからなのか、私は空に強い憧れがあった。生まれる前から、本能に刻まれているように。

【No.-175 退行の街(正しい街の破片⑤)】
小学校のチャイムが鳴り響く。駄菓子屋、塩素の匂い、ラジオ体操。どこか懐かしさを覚える。大人はいないのか、街は子供で溢れていた。景色が遠のく。きづけば私のからだがちいさくなっていた。こども達がてまねきする。はやくここからにげないと。わたしはよちよちとつぎのまちにむかった。

【むだいきろく ご】
まゆにつつまれているかんかくだった。こどものからだになっておもうのは、わたしにふゆをすごしたきおくどころか、ようしょうきのおもいですらないことだ。りゆうはひとまずおいといて、またおとなにせいちょうできるだろうか。まぁ、じかんがたてばもどるだろう。……もどるか?

【No.-176 格付の街(正しい街の破片⑥)】
街に着くなり二種類のウェルカムドリンクが振る舞われる。どちらが高級だったかAとBの部屋に入って、間違えるとおもてなしのランクが落ちていく。世界中の料理、社交ダンス、鼓笛隊の演奏。二択を外し続けると、最後には偉い人が怒鳴り出す。「滞在する価値なし!」私は街を追い出された。

【無題記録⑥】
そりゃ二択を外し続けた私が悪いけど、もっと普通におもてなしをしてくれてもいいのに。けれど、それもこの街の『個性』なのだろう。おかしくても間違いではない。私が住む街は――思い出そうとすると、カラスを撃退できそうな高らかな声が頭に響いて、なんだか無性に腹が立ってくる。

【No.-177 疑声の街(正しい街の破片⑦)】
蝉の声、祭囃子の喧騒、花火の音。「楽しんでいってくださいね」「……ありがとうございます」会話を交わす度に眩暈を起こしそうになる。猫の鳴き声や工事音には辟易していた。辺りを見回しても街は更地だというのに、私は誰と話していたというのか。まるで音だけが生活しているようだった。

【無題記録⑦】
街、とすらしばらく理解できずにいた。生命も、建物もないのに生活感があるのは気味が悪い。最初こそ無視していたけど、怨嗟のような声を聞いてから相槌を打つしかなくなった。一体、私が何をしたというのか。記録を書きながらまた身震いが止まらなくなる。「お前の住む街のせいだろ」

【No.-178 映画の街(正しい街の破片⑧)】
広場のスクリーンの前には椅子が置かれていた。老人が涙を流しながら映写機の中に入ると、彼の歴史が映し出される。命と引き換えに人生を見世物にして、稼いだお金を妻の治療費に充てるのだ。彼の最期を看取る。エンドロールの果ての果てまで。興味ない観客が、くだらない三文芝居だと嗤う。

【無題記録⑧】
ポップコーンとコーラを貪る和服の青年と、とんがり帽子を被った猫目の少女が映画を楽しんでいた。不釣り合いな光景そのものが、一つの映画を観ているようだった。私があの映写機の中に入ったら、不明瞭な人生が流れるのかもしれない。そもそも、私は本当に人なのか怪しくなってくる。

【No.-179 雨鳴の街(正しい街の破片⑨)】
雨が降ると美しいメロディーが広がった。街に存在する全ての物体は、硬度や材質、温度の違いによって様々な音を生み出す。濡れるのも厭わず、住民達の慣れた手つきによって物体が動かされていく。「旅の方にプレゼントだよ」不規則だった音はやがて、盛大なファンファーレに変わっていった。

【無題記録⑨】
「音が足りない!」ファンファーレも終盤に差し掛かろうとしたとき、打楽器担当がストライキを起こす。「シンバルの音が出る人いないか!?」指揮者の問いに声を荒げる。「私はリコーダー!」「僕は太鼓だ!」せっせかせっせか走り回る住民達の体から、賑やかなメロディーが奏で合う。

【No.-180 複製の街(正しい街の破片⑩)】
見た目が同じ人間で溢れ返っていた。向こうから『私』がやって来る。いわく、本物を失ってもいいように複製を作る義務があるという。生命も、建物も、街自体も。複製が複製を作り出し、複製の複製が複製を作る。自分が本物なのか猜疑心が生まれて、確かめるために命を絶った者も多いそうだ。

【無題記録⑩】
本物を守るために複製を作る。けれど、複製があるから本物を大事にしなくてもいい。という考えも同時に生まれる。目の前の『私』に聞けば、胸の内に巣食う疑問は解けるのだろうか。「あなたの住む街もそうでしょう?」『私』が私に問う。思い出せない私が、実は偽物なのかもしれない。

【No.-181 玉折の街(正しい街の破片⑪)】
街で採掘される宝石は、ひときわ人気のあるものだった。つるはしで建物を壊せば結晶になって崩れ落ちる。琥珀、猫目石、翠玉。人間も殺せば宝石に変わる。正体を知ったら誰も買わなくなるだろうか。露天商が嗤う。「成分を知っているから、価値があるんだよ」またどこかで、悲鳴が聞こえた。

【無題記録⑪】
猫目石を眺めながら、思う。映画の街にいた少女の目にそっくりだと。彼女はこの街の出身なのかもしれない。宝石は魂の輪郭のような気がした。ここで亡くなったら私は綺麗な宝石になれるのだろうか。「あなたは、その、難しい境界線ですね」判断に困った住民の顔が、頭の中で反芻する。

【No.-182 作法の街(正しい街の破片⑫)】
役場で出されたお茶を飲むと係員に怒られる。作法を何回かミスすると街を追い出されるそうだ。滞在許可証にハンコが必要なときは、お辞儀するように押さないといけない。役場を出ると中年達が這い蹲っていた。名刺は相手が差し出した位置よりも、低く渡すのがマナーだからこうなったという。

【無題記録⑫】
マナーとエチケットが混在している気がした。この街の個性は間違っている、と書き綴っている途中で思う。『正しい』と『正しくない』の線引きを、第三者の私が、無意識に、価値を測ったことに背筋がゾッとする。ただ私が嫌いなだけで、それらの整合性を否定してしまったという事実が。

【No.-183 額縁の街(正しい街の破片⑬)】
花や鳥、風や月に額縁が飾られていた。「私達は、主役じゃなくていいのです」額縁描きが微笑む。住民達は小さな物語を彩ることができれば幸せだと話す。展望台から外を眺めると、街に額縁が飾られていた。きっと、みんなが主役なのだろう。誰かを想い、何かを願える淡く輝いた人達、全てが。

【無題記録⑬】
展望台で和服の青年が外を眺めている。猫目の少女と一緒にいた人だ。彼らもまた旅人なのかもしれない。「この街は、欲しいなぁ。君、生み出してくれてありがとう」私が全ての元凶とでも言うのか。でも、それでも。旅の行く末には、額縁に飾られるような人間でありたいと、小さく願う。 

【No.-184 花患の街(正しい街の破片⑭)】
女の子が母親にカーネーションを差し出す。余程嬉しかったのか、娘も母親も涙を流していた。街には花が咲き誇っている。……いや、元は人間だったのだ。向日葵になった笑顔。白菊に育った細い腕。紅葉に変わった幼い足。花患いに罹った者は体が植物に奪われていく。贈り物の花も、本当は――

【無題記録⑭】
花患いに罹った人達の初期症状は、口から花びらを吐くそうだ。街の中心に佇む時計台を囲み、住民達が思い思いに花冠を編んで命を弔う。少女がシロツメクサを愛おしそうに撫でる。誰の命だったのだろう。欲しそうに見えたのか、少女が私に花冠を差し出す。そっと頭に被ると涙が流れた。

【No.-185 蒐集の街(正しい街の破片⑮)】
いくつかの街から特産品が集められていた。人生を収めたフィルム。魂の揺らめく宝石。誰かを彩る額縁。シロツメクサの花冠。蒐集家が街を旅して手に入れたという。露天商のつぎはぎの体と、犬や豚が混ざった不完全な動物が目に入る。完璧な命を求め、他の存在から一部を奪って蒐集するのだ。

【無題記録⑮】
伝統的な家屋と最先端のビルが混在していた。馬(とは呼べないかもしれないけど)車を使っているかと思えば、かたや無重力になって移動する人もいる。価値観の坩堝だ。寄せ集めの個性や建物が酷く歪に感じる。体の内側で『何か』が蠢く。不完全、という感情に昂ぶっているようだった。

【No.-186 夜凪の街(正しい街の破片⑯)】
夜を掘り続ける老婆が月に照らされていた。希望を持たされてしまう朝が終わるように、幽かな光にしか救いを求められない者に、街の人達は献身的に夜を届ける。老婆の手が止まることはない。病床に伏せた夫のことを想う。このまま夜を発掘していれば、別れの夜明けなんて知らずに済むと呟く。 

【無題記録⑯】
ふと、四季の街を思い出す。季節税を払わなかった者に四季は移ろわない。この街と似ていた。当たり前にやってくると思っていた夜が、あの人達にとってはかけがえない光なのだ。求め続けなかった者に明日は訪れない。それは四季も、夜も、あるいは私自身も、同じなのかもしれなかった。 

【No.-187 糸結の街(正しい街の破片⑰)】
住民の指に彩り豊かな糸が繋がっていた。恋仲なら赤い色、憎んでいる人なら黒い色と、関係が糸によって可視化されるのだ。醜い本音を隠そうとも、否が応でも感情が筒抜けになってしまう。糸だらけの街に絡まっては息苦しさを纏った。結ばれた糸の先を拒むように、どこにも踏み出せずにいる。

【無題記録⑰】
赤色だったはずの糸が目の前で黒く変色していく。彼か彼女か、あるいはその両方が相手のことを嫌いになったのだろう。愛情を悟る必要がない代わりに、嫌悪を隠す必要もなくなった。気付けば私の薬指にも橙色の糸が繋がっている。結ばれた先の何かを、次の街を、導かれるように目指す。

【No.-188 潮騒の街(正しい街の破片⑱)】
地面を歩けば波の音がする。空には魚が泳ぎ、景色が揺らめく。感覚がないだけで、この街は確かに海底なのだ。気付いた瞬間、泡を吐いて溺れそうになる。意識が微睡むほどに潮騒が大きくなった。流される私の体を人魚の手が掴む。「大丈夫。落ち着いて」深呼吸をすると、ふわり、海を纏った。

【無題記録⑱】
体は濡れていたけれど、不思議なことに無題記録を書いた本は濡れていなかった。透明な海を意識したか、してないかの違いかもしれない。無事だったからよかったものの、どこかには炎が降る街があるらしい。大切な旅の思い出を失わないように、保存方法を考えて名前を付けることにする。

【No.-189 貯幸の街(正しい街の破片⑲)】
俯き、暗い顔をしながら歩く人ばかりだった。不幸になったときの保険として、幸せを貯蓄しているせいだ。けれど、百年も幸せを貯め続けた老人も、死の間際ですら貯幸を使うことはなかった。不幸になることより、幸せが底を尽きる方が怖いという。街の人々が呟く。幸せなら、不幸だっていい。

【無題記録⑲】
幸せになることは悪とされていた。慎ましく、控えめに生きることは美徳である。不幸になれば不幸になるほど、正しい人間だという信条を持つ。幸せなのが不幸なのか、不幸なのが幸せなのか。本末転倒で、生き方の倒錯だ。まぁ、誰かの価値観をとやかく言うのは、不幸なことなのだろう。

【No.-190 盤面の街(正しい街の破片⑳)】
街に着くなりサイコロを渡される。宿に泊まるのも、店に寄るのも、ぴったりと狙いの目を出さないと利用できない。人生は山あり谷ありだ。とんでもない借金を背負ったり、縁も所縁もない人と結婚したり。憧れの小説家にもなった。紆余曲折も意外と悪くはない。今、最後の一振りに力を込める。

【無題記録⑳】
ハプニングマス『観光客に絡まれた。2マス戻る』に止まると、和服の青年と猫目の少女が煙のように現れる。「君が『人生ゲーム』とは、何とも皮肉な話だねぇ」嫌な気持ちになりながらもゴールすると、不壊の街で刊行された本を景品にもらう。何があっても原型を留める本に記録を残す。

【No.-191 文学の街(正しい街の破片㉑)】
蚤の市で本を買おうとしたら貨幣が使えないらしい。この街では文字を貰って、言葉を買って、文章を食べて生きる。記憶からは抜け落ちてしまうけれど、語彙や知識を売ることもできるそうだ。見窄らしい私が、素晴らしい生き方を歩めたら、そのときは物語を書いて誰かに必要としてもらおうか。

小説家になりたい。と、思い始めたのは旅をしているからなのか。不思議な街で、歪んだ出来事も多く体験してきた。それを無題と表していいものではない。街の喪失を綴る。正しいことや、正しくないことを、忘れても思い出せるように。歴史の標になるように。【無題記録㉑】改め【喪失機構①】を始める。

【No.-192 香築の街(正しい街の破片㉒)】
料理を頼むと液体の入った小瓶を渡された。蓋を開けて香れば机の上にシチューが現れる。窓の外を覗くと子ども達が匂いを嗅いでいた。木造の家、雨上がりの土、花火の煙。この街は『匂いの記憶』で生きている。ふっ、と目を覚ます。何もない土地で、足元には空になった小瓶だけが落ちていた。

【喪失機構②】
「こんな場所に落としていましたか」蒐集の街にいた露天商が小瓶を拾う。見た目や声が老若男女と自在に変わっていく。つぎはぎの体と魂だからできる芸当だそうだ。「香りといえば、あなたからは干し草の匂いがしますね」少年の姿で言われると酷く心外だった。遠くから雨の匂いがした。

【No.-193 保護の街(正しい街の破片㉓)】
博物館には様々なものが冷凍保存されていた。絶滅危惧種、禁書、伝統的建築物を保護するのが街の役割だという。望めば誰でも命を凍結できる。期待できない今から逃れるために。仕様もないけど、失うには惜しい人生の寄り道に。学芸員が顔をしかめる。「未来に遺すような価値でもないくせに」

【喪失機構③】
試験管の中に繭が浮かんでいた。学芸員いわく『街の破片』だという。最近、街を奪う二人組がいるらしい。その残骸が試験管の繭だ。未来へ遺すにふさわしい、正しい街の破片を使っていつしか復元できるように。そういえば、糸結の街に着いてから生まれた、橙色の糸は繭で作られていた。

【No.-194 献命の街(正しい街の破片㉔)】
献身的に尽くすことこそが街の美徳であった。献血だけに留まらず、献眠、献金、献幸のために大勢の人が施設に訪れる。命を提供し過ぎてしまったせいで老人が倒れた。施設長が駆け付ける。「献眼、献臓、献毛にご協力お願いします!」生気のない老人も、誰かの役に立てて満足な顔をしていた。

【喪失機構④】
老人の遺族が恍惚な顔を浮かべていた。「お父さんはとても長生きでしたからね。その分、他人のために命を捧げることができました」遺骨さえも誰かの一部になる。健康でいれば長生きできる。長生きした分、健康な体と魂が奪われていく。呪いにも似た遺族の顔を思い出して、身震いする。

【No.-195 空腹の街(正しい街の破片㉕)】
地響きがして避難するように促される。小窓から外を覗くと建物が地面に飲み込まれていく。街が望むものを与え続ければ、人々が願ったものが排泄される。轟音や異臭と共に金塊や宝石が吐き出された。深淵にも続きそうな穴を見つめる。街が人間の味を覚えるのも、時間の問題なのかもしれない。
 
【喪失機構⑤】
欲望は鼻が曲がるくらいの臭いだった。曝け出せるほどの業があるのは羨ましい。私の願いは、望みはなんだろう。和服の青年と猫目の少女のような奪う者。つぎはぎの露天商のような与える者。私は、何者になれるのだろうか。有象無象にすらなれない、私の輪郭をうまく思い描けなかった。

【 No.-196 時計の街(正しい街の破片㉖)】
街の至る場所に時計が飾られていた。その人にとっての大切な時間や、固執している日付を指しているという。花時計、水時計、振り子時計。無数の時計の中から自分のものを見つけたとき、止まっていた『何か』が動き出すそうだ。チクタク、トクン。心臓の音を頼りに、呼応する時間を探し出す。

【喪失機構⑥】
私だけの時計を見つけた。さらさらと落ちる砂を眺めながら、私の寿命があと4日しかないと知る。驚きはなく、予感だけがあった。体の内側が蠢き、意識が遠退くことがある。旅も、命も、終わりが近いのかもしれない。橙色の糸が『何か』に引っ張られた。導かれるように次の街を目指す。

【No.-197 嘘吐の街(正しい街の破片㉗)】
羽の生えた人々をみな怯えるように暮らしている。虹色の羽を持った女性が街の地下に閉じ込められていた。嘘を吐く度に成長する羽は、吐いた種類によって色が増えていく。綺麗なはずの象徴が忌むべき形状に変わる。「それでも、私達は生まれ育ったこの街が好きです」体が蠢く。背中の羽は――

【喪失機構⑦】
ふわり、と落ちた虹色の羽を拾う。なんとなく、小指に繋がった橙色の糸はこの羽から編まれている気がした。……いや、もっと生物的な肌触りかもしれない。活動が鈍る。視界が滲む。空腹に飢える。虹色の羽が風に飛ばされて流れて行く。見つめる先には、私の求める街があるのだろうか。

【 No.-198 胡蝶の街(正しい街の破片㉘)】
命を落とす瞬間、建物が崩れる一瞬にそれらは胡蝶に変わっていく。セルリアンブルー。アリザリンレッド。マゼンタ。明滅する無数の蝶が街を覆い尽くす。体の色が感情を示しているようだった。人差し指に橙色の蝶が止まる。懐かしい気がした。街も、私も、胡蝶が見ている夢なのかもしれない。

【喪失機構⑧】
この記録を残している間も、橙色の蝶は私の周りを飛んでいた。亡くなった人の魂が胡蝶になるのならば、生前は私の知り合いだったのかもしれない。目が白く濁る。記憶の破片が、私の旅の行く末が、淡くぼんやりと思い浮かぶ。予感を確信に変えるために、橙色の蝶と街を巡ることにする。

【 No.-199 手紙の街(正しい街の破片㉙)】
図書館には『手紙』と呼ばれる、機械人形の少女達が保管されていた。小さな手を握ると、街の歴史や誰かの人生が頭に文字として流れ込む。何千年もの間、少女達は思い出を綴り続けていく。街が滅んでも、管理する人がいなくなっても。生きていないはずの機械人形の瞳から、一雫の涙が流れた。

【喪失機構⑨】
和服の青年と猫目の少女、つぎはぎの露天商が機械人形の手を握っていた。この街も奪って、与えるのだろうか。橙色の蝶が警告色を発する。少女が手を差し出す。戸惑う私に、青年は「君が真実を知るのはまだ早いよ」と嘲笑う。この街で私の正体を、旅の意味を知った。最後の街に向かう。

【No.-200 羽化の街(正しい街の破片㉚)】
全ての命が繭に包まれていた。新しい存在として生まれ変わるために、魂の殻を破るために。冬になると街が蠢く。この街も一つの命なのだ。私の口から吐いた花が綻び、糸状になって体を包み込んだ。目を閉じて、芽吹きのときを待つ。夢のように意識がまどろむ。街も、私も、今、羽化が始まる。

【喪失機構⑩】
目を覚ましたとき、全ての記憶が戻っていた。羽化に失敗すると意識齟齬が起こるらしい。様々な価値観と出会って、魂が成長できるように私は旅をしていた。羽化した街の残骸が新たな街として生まれる。橙色の蝶が光を纏った。これからも記録の旅は続く。正しい街の破片を、守るために。

この記事は有料ですが全編公開になっています。私の活動を応援してくださる方がいましたら投げ銭してくれると嬉しいです。また、サポートやスキのチェック。コメント、フォローをしてくださると喜びます。創作関係のお仕事も募集していますので、どうか、よろしくお願いします。

ここから先は

0字

¥ 100

期間限定 PayPay支払いすると抽選でお得に!

改めまして、秋助です。主にnoteでは小説、脚本、ツイノベ、短歌、エッセイを記事にしています。同人音声やフリーゲームのシナリオ、オリジナル小説や脚本の執筆依頼はこちらでお願いします→https://profile.coconala.com/users/1646652