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彼氏140字小説まとめ②

【No.783 夢言葉】
「お」寝坊した私に彼は笑顔を向けた。「んー」ゆっくりとソファに座る。「お!」「ん?」彼がピザのチラシを指さす。「ん」「おー」適当に選んで猫と戯れる。言葉に嫌われた人類は一文字しか話すことができない。だからこそ、ふれあいが大切な世の中だ。「お?」彼の肩にもたれる。「ん!」

【No.786 フリーフォール】
感情と浮力が繋がってから数年が経つ。嬉しいことがあれば体がふわりと浮かんでいく。幸せだけど貧乏な私と、裕福だけど不幸な彼は、何もかもを犠牲にして駆け落ちした。手を取り合って、自由な空をかろやかに泳ぐ。身分違いの恋だったけど、しがらみや呪縛から今、私達は解き放たれたのだ。

【No.790 ルックバック】
仕事を終えて電車に乗り込む。携帯から目を逸らすと窓に夕陽が映った。思えば私が高校生のとき、画面ばかり夢中になって、彼に手を引かれながら歩
いていたっけ。だから、不注意な私の代わりに彼は亡くなってしまったのだ。携帯を閉じる。目の前の青春より大事なものってなんだったんだろう。

【No.841 汽水域】
飲み物が入っていた空のペットボトルに、粉末タイプのスポーツドリンクを溶かしたら、果汁風味になっておいしいと彼氏が笑っていた。容器を洗わずに何度も、何度も使い回す。なぜこんな男を好きになったのか。苦い記憶が私の頭にまとわりつくけど、まぁ、水に溶かして薄めればいいのだろう。

【No.850 編纂式】
彼の遺品整理を手伝っていると、古い辞書が目に入る。何度も確かめたのか、よれた紙の『青春』の単語には、蛍光ペンで線が引かれていた。後悔をなぞるように、指で触れるとインクが滲む。随分くすんでしまった色の青春だ。この感情を表す言葉は、あと、何ページめくれば見つかるのだろうか。

【No.874 アイシャッター】
恋は盲目と言うのなら、愛は失明なのだろう。病室で彼の亡き顔を見てから、瞬きをする度に視界が永久保存されるようになった。増えていく記憶と引き換えに、彼の笑顔が塗り潰されていく。視力を失えば、思い出を失うことはないのか。血が滲むほど突き刺した爪で、それでも瞳は抉れずにいる。

【No.879 夏あわく】
綺麗な絵画を、綺麗な写真を、綺麗な物語を、ふれたあとに彼氏のことを思い出す。どれだけ美しい言葉を飾ったって、私の体に流れる感情は淀んだままだ。あの夏の視界がアナログになっていく。音も、愁いも、色彩も、もう一度忘れられるように。そっと呪う。彼氏の記憶をなじって、なじった。

【No.891 式日】
蛇口から流れる水を水差しに入れるだけで、それが美しいものだと錯覚できる。いつからだろう。ミネラルウォーターが飲めなくなったのは。彼が寝付けない私の隣に座り、グラスから飲みかけの水を飲む。唇を重ねた。最低な夜に睡眠薬を流し込む水の味なんて、あなたは何も知らなくていいのに。

No.903 幸せの勘違い
「今、幸せ?」美容院のお兄さんからふいに訊ねられる。鏡を見ても彼はのんびりと髪を梳いてるだけだ。確かに私は惰性的な日々を過ごしているのかもしれない。それでも大好きなお兄さんといる時間が、指にふれている瞬間が私にとっての特別だ。「はい。しあわ、」「いらっしゃーせー」「あ」

【No.917 幸福論】
彼からもらった指輪を外す。左手の薬指についた跡が蜜月の証にも、後悔の枷にも思えた。幸せになりたかっただけなのに。愛されたかっただけなのに。ただ『それだけ』の共通点で私達は満たされていると思い込んでいた。『それだけ』でいいという願いが、そもそも傲慢な生き方なんて知らずに。

【No.918 晴る】
『やか』の付く言葉には綺麗なものが多い。あざやか、しとやか、すこやか。繊細な響きは私の心をおだやかにしてくれる。彼の「つまやか、ひよやか、おもやかなんて言い方もあるだろ」という皮肉をかろやかに躱して、今日も朝が始まった。なごやかな静寂に、そんな彼のやかましさを笑い合う。

【No.-113 泥塗れ】
仕事もせずに絵描きを目指している彼に「贅沢は言わないから、慎ましく生きていたい」と皮肉を込めた。彼はキャンバスから目を離さずに「慎ましく生きる事が贅沢だと思わない時点で、実に贅沢だと思うよ」と吐き捨てる。どろどろに腐敗した絵の具が、私達の行く先を暗示しているようだった。

【No.-114 真っ赤な箱】
僕が心の中で願えば、着払いで何でも届く。お店で売られているものから、失くした写真や誰かの日記すらも。本当に、どんなものでも。隣の部屋から憧れのお姉さんの声が聞こえてきた。彼氏が憎い。あいつさえいなければ。そのとき、外でゴトンと音がした。扉を開けると真っ赤に染まった箱が。

【No.-158 アンチノミー】
同棲も彼との別れで終わる。不要なものを捨てる度に、心の中に淀みが積もるのはどうしてだろう。思い出を分け合うと言えば聞こえはいいが、嫌いを押し付けてるだけなのかもしれない。私達でひとつずつ得たものを、私達がひとつずつ失くしていく。鍵を開けるのも閉めるのも全てこの手だった。

【No.-162 恋の一口】
「ドーナツのまんなかをくり抜いたら鈴かすてらになるんだよ」バレンタインのお返しに、幼なじみから手作りの鈴かすてらをもらう。「二つが合わさったらあんぱんになるんだ」今はまだ微妙な距離感だけど、いつか、一緒になれることを信じて。ドーナツみたいに甘い、彼の片割れを口に含んだ。

【No.-166 寓話】
彼との別れはパスタの茹で方や、カルピスの希釈量といった些細で、些末な出来事である。きっかけはどうでもよかった。離れる理由がある、という理由が欲しかっただけなのかもしれない。飲めないコーヒーに気持ち悪くなる程の砂糖を入れた。苦いことは全て、不明瞭にしてきた後悔を飲み干す。

【No.-178 映画の街(正しい街の破片⑧)】
広場のスクリーンの前には椅子が置かれていた。老人が涙を流しながら映写機の中に入ると、彼の歴史が映し出される。命と引き換えに人生を見世物にして、稼いだお金を妻の治療費に充てるのだ。彼の最期を看取る。エンドロールの果ての果てまで。興味ない観客が、くだらない三文芝居だと嗤う。

【No.-231 星天前路】
婚姻届は夫婦になるためのラブレターかもしれない。彼とは短冊に願って付き合えたから、入籍は七夕の日と決めていた。窓口預かりで受理は次の日になるけど。他人や家族じゃない今に不安を覚える。それでも、目が覚めれば天の川を超えられるはず。灯りを消して、運命の赤い短冊を握りしめた。

【No.-254 六等星の瞬き】
今年の夏も海辺に色とりどりの傘が浮かぶ。元は亡くなった人が変化したものだ。ふと、青い星形の傘が私の側までやってくる。すぐに彼だとわかるのは、きっと、魂で繋がっているからなのだろう。涙が落ちる瞬間に傘が開く。私を慈しむようにくるりと回って、空に舞いながら悲しみと連れ立つ。

【No.≠114 別れの逃避】
彼に対する愛想も尽きていた。あの人から避けるように朝帰りしたとき、商店街のシャッターが少しずつ開いていった。お店から淡い光が漏れ出す。どうしてか、中を見てはいけない気がして慌てて視線を逸らした。それは彼から、あるいは自身から逃げた私の、後悔や罪悪感だったのかもしれない。

【No.≠124 三分間の幸福】
カップ焼きそばにお湯を注いでからの三分間を、彼と話をしながら待つ。「あ、かやくじゃなくてソース入れちゃった」なんて笑って。昔から湯切りが苦手な私の代わりに、いつも彼がお湯を捨ててくれる。一つのカップ焼きそばを二人で分け合う。具も味もないのに、なんだかとてもおいしかった。

【No.≠126 月虹】
「月が綺麗だよ」と彼からメールが届いて、カーテンを少しだけ開く。『違う場所で同じ月を見ている』と言うけれど、私にはそう思えないのだ。私が見ている月は偽物かもしれない。なんて言ったら、彼は笑うだろうか。本物じゃなくてもよかった。偽物でも、彼と同じ光を見ていられたのならば。

【No.≠153 夜ひさぎ】
月が大接近してから、少しずつ夜が長くなりました。今では朝が訪れることはありません。満ち引きの影響なのか、人類は眠りの淵へと沈んでいきました。彼が目覚めなくなってから、どれほどの時間が経ったのでしょう。夜明けの来ない世界で、今日も私は、瞳を閉じることに怯えるのでしょうか。

【No.≠156 夢うつつ】
高校最後の夏、彼が深い眠りについてから数十年が経ちました。時の流れまで止まったのか、少年の姿から成長することはありません。今日も一人で夜と朝の狭間をまどろみます。夢の中の彼は私と同じ老人の姿をしていました。「過ぎ去った青春だ」と笑っています。夢だとは承知です。夢だとは、

【No.≠161 漁り火の島】
あの冬の罪を償うために、誰からも忘れられた島で暮らしています。私のことを覚えている人はもういないでしょう。渡り鳥が私を見つけてくれるのを祈っています。海に浮かぶ漁り火よ、願わくば彼に伝えてください。私はここにいます。おばあさんになるころには、あなたに会えるのでしょうか。

【No.≠163 深海症状】
観光名所となったダムに訪れる。数十年が経った今では、そこが集落だったなんて誰も知る由がないだろう。「君と過ごした場所で生きていくんだ」彼は退去要請に応じることなく故郷に住み続けた。命を捧げた彼の声が、放流に紛れて聞こえてくる。私の叶わない恋も、青春も、水底に沈んだのだ。

【No.≠182 秋の甘さ】
好きな男の子が京都旅行から帰ってきた。お土産にもらったもみじの天ぷらは、塩漬けした葉っぱに、ゴマが入った衣をつけて揚げた伝統的なお菓子らしい。口に含めばやさしい甘さと香りが広がる。叶いっこない恋のような味だなんて。喉の奥に堰き止めている、彼への気持ちが溢れそうになった。

【No.≠191 愛し芽吹く】
部活のメンバーや同級生達に、私が彼を好きだという噂が立っているらしい。ただの幼なじみなのに、勝手なことを言われて意識してしまう。私は彼の顔も、歩き方も、性格も、食べ方も、趣味も、人生観も、寝相も、話し方も、夢も、思い出も、昔から何もかも嫌いだ。……嫌い、だったのになぁ。

【No.≠203 光を患う②】
歓楽街で働き始めてから、同棲している彼と会う時間が少なくなった。夜、帰ってきた彼と入れ替わりで仕事に向かう。知らない誰かとお酒を飲んで。知らない誰かに笑顔を見せて。知らない誰かに抱かれて。彼に愛想を尽かされても仕方のないことだった。「未来は明るいよ」夜の帳にひとり呟く。

【No.≠208 風あざみ】
小学生のとき男の子と一緒に、おもちゃの指輪と『大きくなったら僕と掘り返して、君にプレゼントするね』という約束を庭先に埋めた。でも、彼は結婚したと風の噂で聞いたことがある。私はあの日からずっと覚えていたのに、忘れたのはあなたの方じゃない。私の目から、涙がそよそよと流れた。

【No.≠209 蝶の行く末】
ベランダで流蝶群を待っていると、彼から「行けたら行く」とメールが届く。月から光の残滓が溢れて蝶が生まれる。色彩豊かな蝶が流れ星のように、群れを成す光景はとても美しかった。眠い目をこすりながら、三日月に変わっていくのを眺める。彼の言葉を信じて、私は寒さに震えるのだ。

【No.≠215 ネイビーブルー】
絵羽模様の和服を纏ったまま砂浜に横たわる。私の長くて茶色い髪をさざ波が揺らす。夕陽が海に融けて、景色が橙から群青に移りゆく。彼が浮気していたとも知らずに逢瀬を重ねたことは、疎い私にも責任があると友人から嗤われる。私も、空も、心さえも。病葉のように本来の色を失っていった。

【No.≠218 薄明】
地球温暖化から逃れるために、世界は防熱壁に囲まれていた。夜には人工の月が浮かぶ。偽物の光を纏ってから何百年が経ったのだろう。身を少しずつ灼かれながら、防熱壁の整備に赴く彼の笑顔が月の灯りにも似ていた。彼の犠牲の上に成り立つ息苦しい世の中で、それだけが私の本物の光だった。

【No.≠226 海標】
数年に一度、この国は満潮によって海底に沈む。潮が引く数日の間、私は彼の住んでいる国まで避難することになった。遠くには入道雲がそびえ立ち、中を突っ切ればやわらかな雰囲気と、おだやかな波音が広がる。水面が高くならないと辿り着けない国を目指し、彼との再会を道標に舟を漕ぐのだ。

【No.≠227 不恋不愛③】
不要不急の恋が解除されてから数ヶ月が経つ。街には恋人達が溢れているけれど、その幸せの背景にどれだけの関係が失われてしまったのだろうか。結局、恋愛のままごとなのかもしれない。会えない時間が愛を深めるなんて妄言だった。それでも、だけどもう一度、隔離病室で眠る彼の果てを願う。

【No.≠230 乾き渇く】
美容師である彼が私の髪を梳く。ふいに「私の髪が綺麗じゃなかったら別れる?」なんて聞くと無言のまま髪を乾かす。「君はさ──」彼の言葉に棘はあったけど、私も、ドライヤーの音で聞こえなかったことにする。知らない女を抱いた彼の手が、浮気に気付いてないと思っている私の頭を撫でた。

【No.≠234 春凪】
サナトリウムから波の音を聞く。夏になれば本土で花火大会があるらしい。桜が散る。先生の話では、私の寿命はあと数ヶ月しかないそうだ。写真に映る恋人と目が合う。病気のことを言い出せずに私から別れを切り出した。夏になれば、彼と花火を見るはずだったのに。春が終わり、夏になれば──

【No.≠236 光の破片】
当たって砕けろの精神で挑んだ結果、私は見事に振られてしまう。傷心しながら浜辺を眺めていると海に三日月が映る。その様子が光の破片にも感じた。私と同じように、月も太陽に告白して砕けたのだろうか。彼を思い出しては涙が伝って、惑うような波形を生み出す。半分の月が瞳に映り込んだ。

【No.≠240 涙色】
私の瞳は感情によって色が変わる。悲しいときは青色。悔しいときは緑色に。ある日、彼の浮気を知って鏡の前で泣きじゃくっていると、瞳から赤い涙が溢れてきた。拭っても我慢しても、袖を汚すばかりの私を見て彼はどう思うのだろう。悲しみや悔しさとも違うこの感情は一体なんだというのか。

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改めまして、秋助です。主にnoteでは小説、脚本、ツイノベ、短歌、エッセイを記事にしています。同人音声やフリーゲームのシナリオ、オリジナル小説や脚本の執筆依頼はこちらでお願いします→https://profile.coconala.com/users/1646652