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夕闇140字小説まとめ③

【No.808 星を編む】
寒さに震えながらも彼女は星を編む。夜空に浮かぶ星達を糸で結べば星座の出来上がりだ。かみのけ座は適当に考えたのか聞くと、あれは最初期の作品だからと頬を膨らませた。彼女の手が弧を描く。銀河のキャンバスを彩る。過去と未来を繋げたら、未だに形のない僕も光ることはできるだろうか。

【No.815 メランコリー】
朝の冷たい風を頬に受けながら、これまでの日記を読み返す。午後には美しい光を纏った水差しから夕暮れを飲み、眠る少し前に星型のビスケットを食べる。終わったっていい『今日』を日記に綴って、始まらなくてもいい『明日』をそれでも待っていた。おやすみなさい。どうか、悪くはない夢を。

【No.839 ブロックノイズ】
祖母がテレビの砂嵐を見つめて、真夜中に手を叩きながら笑っていた。振り向くと母が虚ろな目をして立っている。「おばあちゃんはもういないのよ」うわ言のように話すそれは、一体どういう意味なのだろう。濁った目の祖母がゆっくりと振り向く。「お前に子どもはいないんだよ」画面が乱れた。

【No.859 夕陽に向かって】
失恋した悲しさを紛らわすため、僕は夕陽に向かって「バカヤロー!」と叫ぶ。怒ったのか橙色だった夕陽が真っ赤に染まっていく。次第にこちらへ迫ってきて、灼熱の痛みに思わず「ごめんなさい!」と声を上げる。やがて、夕陽がいそいそと海に沈んでいく。波音が悲しそうな泣き声に聞こえた。

【No.869 八月、某、月明かり】
何をせずとも好かれる人がいる一方で、何をしても嫌われる人がいるのはなぜだろう。だから、自分が救いようもない人間だと思い込めば楽でいられた。人生は不平等で、不公平だから、無理して無理しなくてもいいよ。いつか、他人の幸せなんてどうでもよくなるほど、最低な夜が君にも降るから。

【No.870 夜霞】
星が瞬くのは大気が汚いからと聞いたことがある。綺麗の裏に潜む背景が夢のないものだとは知りたくなかったけど。オーロラが生まれる意味も、花火のあとの残骸も、美しいだけの世界ではないと理解しているから苦しくなったりもする。でも、私達はそんな醜い世界の上に成り立って生きていた。

【No.877 夕縁】
夕陽から抽出したコーヒーを口に含むと感傷が広がる。黄昏時に開店して、月明かりが灯る前に姿を消す喫茶店だ。彼の夢を嗤ったこと。お年寄りの鈍臭さを憎んだこと。涙を飲むことでしか癒せなかった渇きを満たしてくれる。生きる糧とするために。未練や、後悔すらも、カップに注いで溶かす。

【No.891 式日】
蛇口から流れる水を水差しに入れるだけで、それが美しいものだと錯覚できる。いつからだろう。ミネラルウォーターが飲めなくなったのは。彼が寝付けない私の隣に座り、グラスから飲みかけの水を飲む。唇を重ねた。最低な夜に睡眠薬を流し込む水の味なんて、あなたは何も知らなくていいのに。

【No.900 義光】
義光を作ってもらうため、装具士の女性に輝き方や明るさを相談する。カーブミラーに浮かんだ夕陽も、水溜りに沈んだ月も本物ではない。だけど、昏い色彩に救われる日もきっとあるのだ。女性の淑やかな指が僕の胸を打つ。常夜灯ほどの淡さが心に広がる。まがい物でも、それは確かな光だった。

【No.-186 夜凪の街(正しい街の破片⑯)】
夜を掘り続ける老婆が月に照らされていた。希望を持たされてしまう朝が終わるように、幽かな光にしか救いを求められない者に、街の人達は献身的に夜を届ける。老婆の手が止まることはない。病床に伏せた夫のことを想う。このまま夜を発掘していれば、別れの夜明けなんて知らずに済むと呟く。

【No.-212 音泳ぐ】
「今日の天気は晴れのち音でしょう」夕方から夜にかけて騒がしくなるらしい。濡れる代わりに雨の音だけが街を打つ。傘を差すとメロディーが弾けて、踵を鳴らせば雫が躍る。イヤフォンを忘れてしまったけどたまにはいいだろう。どんなに足取りは重くても、たんたんとたんと階段を駆け上がる。

【No.-215 ゆめいっぱい】
「ちびまる子ちゃんの食卓を囲む場面って、いつも一人足りない気がする」日曜の夜にアニメを観ながら彼女が呟く。幼少の頃から側にあった光景だから、自分も家族になった気分なのだろう。幸せそうにご飯を食べる姿を見てお腹が減る。憂鬱な月曜日も笑うために。手を合わせて、いただきます。

【No.-238 さやかな、ささやか。】
「『さやかな』と『ささやか』って、言葉は似てるのに意味は正反対なのね」彼女が夜空を見ながら話す。「『サイレン』と『サイレント』もか」そう思うと不思議な気分だ。「あ、流れ星」ささやかな時間に、さやかな光が降り注ぐ。僕達の日々だって似てるけど、退屈とは程遠いのかもしれない。

【No.≠203 光を患う②】
歓楽街で働き始めてから、同棲している彼と会う時間が少なくなった。夜、帰ってきた彼と入れ替わりで仕事に向かう。知らない誰かとお酒を飲んで。知らない誰かに笑顔を見せて。知らない誰かに抱かれて。彼に愛想を尽かされても仕方のないことだった。「未来は明るいよ」夜の帳にひとり呟く。

【No.≠207 月の陰る】
数年ぶりに帰省すると、夜のベンチに女性が座っていた。髪は乱れて、目元は黒ずんで、体は痩せ細って。私に気付いた女性が驚いた顔で逃げ去っていく。あの人は確か、小学生時代の同級生だ。月のように静かな明るさも、今は面影の一つも残っていない。あったはずの思い出が夜に融けていった。

【No.≠209 蝶の行く末】
ベランダで流蝶群を待っていると、彼から「行けたら行く」とメールが届く。月から光の残滓が溢れて蝶が生まれる。色彩豊かな蝶が流れ星のように、群れを成す光景はとても美しかった。眠い目をこすりながら、三日月に変わっていくのを眺める。彼の言葉を信じて、私は寒さに震えるのだ。

【No.≠215 ネイビーブルー】
絵羽模様の和服を纏ったまま砂浜に横たわる。私の長くて茶色い髪をさざ波が揺らす。夕陽が海に融けて、景色が橙から群青に移りゆく。彼が浮気していたとも知らずに逢瀬を重ねたことは、疎い私にも責任があると友人から嗤われる。私も、空も、心さえも。病葉のように本来の色を失っていった。

【No.≠218 薄明】
地球温暖化から逃れるために、世界は防熱壁に囲まれていた。夜には人工の月が浮かぶ。偽物の光を纏ってから何百年が経ったのだろう。身を少しずつ灼かれながら、防熱壁の整備に赴く彼の笑顔が月の灯りにも似ていた。彼の犠牲の上に成り立つ息苦しい世の中で、それだけが私の本物の光だった。

【No.≠220 忘景】
両親との仲が悪くなり、なかば家出のように一人暮らしを始める。二十歳の私が生活費と学費を稼ぎながら生きるのは難しい。バイトの帰り道、河川敷に落ちていた空き缶を拾う。誰にも必要とされない私みたいだったから。見上げた空に映った夕日は少しだけ寂しい。けれど、少しだけ救いだった。

【No.≠221 夕融け】
夕方になると街は数年から数十年前の姿に戻る。今日は私が生まれる前の時代だから、知らない街並を散歩できて嬉しい。今は商業ビルに変わった駄菓子屋。廃校になっていない小学校。思い出の間違い探しみたいだ。いずれ私の家が建つ田んぼの前でぼぅっとしていると、秋風が私の体を揺らした。

【No.≠229 ラピッドダンス】
文化祭で僕達のクラスは創作ダンスをすることになった。誰もセンターをやりたがらないのに、内気で、長い前髪のせいで表情が見えない女の子が手を上げる。みんなは驚いていたけど僕だけは知っていた。放課後の教室で踊る女の子の澄んだ月のような瞳と、結った髪から覗く笑顔が美しいことを。

【No.≠231 兎月】
小学生のとき、学校でウサギのラビ太を飼っていた。飼育委員だった僕は一生懸命お世話したのに、近所に住む高校生に小屋から逃がされてしまった。あれから何十年が経ったのだろう。ふいに、ウサギの鳴き声を聞いた気がして夜空を見上げると、月には安らかに眠るラビ太の模様が浮かんでいた。

【No.≠235 よすがを患う】
視力を失った私は、同棲中の彼女と手を繋いでいる間だけ景色を取り戻す。なのに、友達と遊びに行ったきり返信のない彼女を待ちながら、私は静かな夜をひとりで過ごした。繋ぐ未来が行方不明のまま、空っぽになった左手がさまよう。偽りの光に、見えないはずの目が眩んでは冷たい夜を患った。

【No.≠236 光の破片】
当たって砕けろの精神で挑んだ結果、私は見事に振られてしまう。傷心しながら浜辺を眺めていると海に三日月が映る。その様子が光の破片にも感じた。私と同じように、月も太陽に告白して砕けたのだろうか。彼を思い出しては涙が伝って、惑うような波形を生み出す。半分の月が瞳に映り込んだ。

【No.≠237 季節の変わる】
夏がもうすぐ終わるころ、季節の変わり雨が街に降ってくる。夕陽から滴る黄金色の雨は、向日葵や生命すらも濡らして次の四季に塗り替えていく。山は紅葉が色づき、風には冷たい温度が纏う。青春が終わる。夢も、未来も、夏に対する憧れも乾かないまま、季節の変わり雨は強制的に秋を深めた。

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改めまして、秋助です。主にnoteでは小説、脚本、ツイノベ、短歌、エッセイを記事にしています。同人音声やフリーゲームのシナリオ、オリジナル小説や脚本の執筆依頼はこちらでお願いします→https://profile.coconala.com/users/1646652