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メモリアル③ ~手をたずさえて

この記事は、2019年11月、2020年8月にショートショート投稿サイト『ショートショートガーデン』に掲載したものを加筆・修正したものです。

――戦争の話を聞きたい?学校の課題か何かか?違う?
そうか、ふうん……。

ある夏の暑い日、唐突に訪ねてきた孫娘の言葉に、祖父はいささか驚いたようだった。
だが元より穏やかで、滅多なことで動じる人ではない。
それ以上は訊ねず、おもむろに奥の部屋から何かを持ってきた。


「――おじいちゃんはね、戦争の時は中国大陸にいたんだ」

祖父は色褪せた古い地図を広げ、静かに語り始めた。

「そう、港から入って、大体この辺りまで。全部歩いたんだよ」

祖父が皺だらけの指を地図の上に這わせる。
具体的な場所は覚えていないが、満州のような北ではなく、比較的南の地域だったと記憶している。
いずれにせよ祖父が指で示した距離は、凄まじく長い距離だった。

「重い装備で毎日歩きづめだ。辛かったよ。ゲートル巻いて……しーちゃん、ゲートルって判るか?判る?そうか、よう知っとるな」

実は祖父から借りた落語に出てきたのである。
それから幼い頃、父が貸してくれた田川水泡の『のらくろ』にも。
(注:現代の『のらくろクン』ではない。昭和初期のオリジナル版である)

「とにかくほとんど歩いてばかりだ。幸い戦闘らしきものは殆ど無かったが。その辛さはよく覚えとるよ」

私はある質問をしてみた。

「いろいろ辛かったと思うんだけど……いちばん記憶に残ってることって何?」

祖父はしばらく黙っていたが、やがてゆっくりと重い口を開いた。

「いちばん記憶に残っていること?――そうだな……ある晩にな、夜営をしてたんだ。そうしたらそこに敵の兵隊が一人、迷い込んできてな。たぶん味方だと思って近づいてきたんだろう。でも違った」

「……それでどうしたの?」

祖父は、言いにくいんだが、と断った上で言葉を続けた。

「その兵隊さんは中国人だった。つまりお互いに敵だ。だから皆で捕まえて……それで木に吊るして……殺してしまったよ……戦争だから。あれは……忘れられない」

今でもたまに夢に見るよ、と祖父は呟いた。

これまで祖父は、私たちに戦争の話をすることはなかった。
祖父自身、思い出すのも辛かっただろうし、孫にはとても話せないこともたくさん経験してきたのだろう。
事実この話も、私に聞かせていいのかどうか迷っているようだった。

だが祖父は深い知性のある人だ。
唐突に訪ねてきた私の ” 聞いておいた方がいいんじゃないかと思って ” という短い言葉の中に、その意図を明確に感じ取っていたのだろう。

「結局、この内陸にいる間に終戦になった。でもそれからが大変だ。すぐに帰れたわけじゃない。戦争中はお互い敵同士だけど、それなりに秩序がある。でも終戦後は怖かった。何しろこっちは負けたわけだからな。向こうの兵隊だけじゃない、民間の人もみんなが敵になったようなものだ」

「どうやって帰ったの?」

「みんなバラバラになってな。それで昼の間は隠れて、夜だけ歩いて港に向かった。見つかったら大変なことになる」

その時はどうなるか、祖父自身が骨身に沁みて判っていたことだろう。

「だからさっきも言ったように、夜だけ歩いた。だから余計に時間がかかるんだ。それでもようやくあと少しで港に着く、というところまで辿り着いた。でもそこで現地の人に見つかった」

私は思わず息を呑んだ。

「おじいちゃんも、もうその時は覚悟を決めたよ。殺されると思った。港まで本当にあと少しのところだったんだけどな」

「それで……どうしたの?」

私は内心畏れながらも訊ねた。もしかして祖父が逃げるためにその人を……と思ったのだ。
私は腹を括った。
そうだとしても、私の祖父に対する気持ちは揺るがない、と。

だが祖父の口から聞いた言葉は、意外なものだった。

「見つかったのは現地の人、つまり中国人だ。でもその人はな、おじいちゃんに向かってこう言ったんだ。

『おめでとう。もう貴方は国に帰れる。今までのことは全て戦争のせいだ。私は貴方達を恨まない。貴方を殺さずにすむことを嬉しく思う』

そう言って、おじいちゃんを港まで送ってくれた。涙が出たよ。ああ、本当に戦争は終わったんだと……」

細かい部分では、違っていることもあるかもしれない。
だが祖父が伝えた中国の人の言葉は、ほぼこのとおりだった。

私の母はこの時すでに日本で生を享けていたから、たとえ祖父がこの時落命していても、私がこの世に生まれてくることは可能だった。
でもその場合、私が祖父を知ることはなかった。
この時出会ったの地の方のおかげで、祖父は無事に生還し、また私も祖父に逢うことができたのだ。


この話を聞いた数年後、祖父は不慮の事故で他界した。
そして彼の地の方も、もはや鬼籍に入られているであろう。
義理がたい祖父のことだ。恐らく向こうに行くや、真っ先にその方を訊ね
「あの時は誠にありがとうございました」
と頭を下げているに違いない。

願わくば二人再び手をたずさえて、共に語りあえんことを。


≪ メモリアル 目次 ≫

ZERO・はじめに
① いま、ここにいる奇跡
 戦争を知ってる子供たち
③ 手をたずさえて
番外・知らない


【あとがき】
母方の祖父の物語です。メモリアル①『いま、ここにいる奇跡』に登場する「おじいさん」のことです。
私は、戦争体験者から直に話が聞ける最後の世代です。今でも聞けるとは思いますが、当時出征した人の話はなかなか難しくなっています。
少しでも聞いておかねば、と思って突然訊ねた当時20代の私の意図を、祖父はきちんと理解してくれていたと思います。

2019年冬、どうしても祖父のこの話を残したくて、SSGに同タイトルで書きました。翌2020年夏に三部作として書き加え、更に2021年夏に別の三部作。
そして今年はnoteにその総集編を書きました。
ようやく少し肩の荷が下りた気がします。
祖父、そして祖父の命を助けて下さった彼の地の方に、深い感謝を捧げます。

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