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メモリアル② ~戦争を知ってる子供たち

この記事は、2020年8月にショートショート投稿サイト『ショートショートガーデン』に掲載したものを加筆・修正したものです。

「空襲はほとんど知らないな。疎開してたからね」

戦争の記憶はあるか、と訊ねた私の問いに、父はあっさり答えた。
その頃の父は、ある都会の下町地域に家族で住んでいたのだが、だんだん空襲が激しくなってきたので、弟と共に疎開したのだという。

「だから戦争の怖さは、正直あまり感じなかった。敵の飛行機………B29か。それが飛んでいくのを眺めてたな。機銃掃射?いや、そんな低くない。もっと上だ。でも弟……つまりあんたの叔父さんは、半狂乱で飛行機に向かって石を投げてたよ。届くわけないんだがな」

父は呆れ顔で笑った。私は笑っていいのかどうか迷う。
なにぶん奇行の多い叔父ではあるが、戦争を、敵を憎む気持ちを戦後生まれの自分が嗤う気にはなれない。

「お父さんは別に何とも思わなかった?アメリカの飛行機を見ても」

「まあ子供だから、危機感みたいなのはほとんどないな。不謹慎かもしれんが、晴れた空の高いところを飛んでくのがきれいに見えたもんだ。お父さんや友達がそうやってのんびり眺めてるのが、弟は余計気に入らなかったみたいだがな」

「ふうん。じゃあ比較的平和な疎開生活だったんだ」

父は困ったように笑った。

「まあ、そういう意味ではな。いつもお腹空いてた、とかはあったけど、それも飢えるというほどじゃない。田舎だから都会まちに比べれば食料はあるしな」

父は当時を振り返るように、昔話を続けた。

「そうは言っても、子供同士も大変でな。何しろこっちは余所者・都会者だ。当然、向こうは面白くない。それである日、あっちのボスから ” 勝負 ”  を持ちかけられた」

「へえ、凄い(建前)」
『へえ、タイマンかよ(本音)』

「お父さんは一応、疎開組のリーダーみたいな立場だったからな。もっとも勝負と言っても、要は相撲だ。まあ舐めてたんだろう。何しろ俺は体が小さいからな」

父の身長は160㎝をわずかに超えるぐらいで、私とほとんど変わらない。
昭和ひとケタ生まれとしても、かなり小柄である。

「それで?」

「勝ったさ」

何てことないという風情と裏腹に、僅かに胸がそり返る。

「すごいじゃん」

「まあ俺はこう見えても力は強いんでな。これまでも力比べで負けたことはない。でも向こうはそんなこと知らないからな、ずいぶんびっくりしてたよ」

まるでガキ大将のように得意そうな顔を浮かべる父が、無性におかしい。
でも大体想像はついた。実はこの体ながら父はものすごく力が強く、またどんなスポーツもこなすのだ。

「でも仕返しとかなかったの?向こうにしてみたらメンツ丸潰れじゃん」

「それはない」

父はあっさり笑った。

「そういうのはないんだ。むしろ一目置かれたぐらいだよ。昔だから、そこは単純だ。でもだからと言って仲良くなった、というのでもない。とりあえず認めてやるか、ぐらいのもんだ。まあ多少はやりやすくなったがな」

私の気の強さと筋肉バカは、この父親譲りか。
私は心の中で、やれやれとため息をついた。


≪ メモリアル 目次 ≫

ZERO・はじめに
① いま、ここにいる奇跡
 戦争を知ってる子供たち
③ 手をたずさえて
番外・知らない


【あとがき】
父は昭和ひとケタ生まれ。
野球、相撲、柔道に通じてはいますが、実質何でもできます。
幼い私と一緒に初めてスケートに行って、子供を放ったらかして練習し、かっちょよく氷の屑を立ててストップできるようになってました(笑)。ちなみに当時の父、50歳間近。60歳過ぎてもスキーやってました。

文中では穏やかに会話をしていますが、父に対して、実際には相当の確執を抱えています。一応父の名誉のために書きますが、性的虐待等ではありません。ただかなりひどい暴力はありました。
時代もあったとはいえ、辛い記憶です。
建前と本音を使い分けているのは、そのせいもあります。
そんな言葉使ったら、マジで鉄拳が飛んでくるので(笑)

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