秋沢一文

秋沢一文(あきさわ・ひとふみ) /コピーライター、作家。 小説『見えない光の夏』で第3…

秋沢一文

秋沢一文(あきさわ・ひとふみ) /コピーライター、作家。 小説『見えない光の夏』で第3回立川文学賞・佳作。第59回宣伝会議賞・協賛企業賞。その他、ラジオCMなどで受賞歴少々。お問い合わせは、ウェブサイトのフォームで。https://akisawa14.jimdofree.com/

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バンド・キンモクセイ ニューアルバム「洋邦問わず」全曲レビュー感想 “二人のアカボシ”しか知らない人にもおすすめ

2024年2月14日、「二人のアカボシ」などのヒット曲で知られる、相模原市&町田市出身のポピュラーミュージックグループ(バンド)・キンモクセイの最新アルバム「洋邦問わず」が発売されました。 この記事では、私・秋沢一文が旧ツイッター上に連投した、この新アルバム「洋邦問わず」を聴いての感想を再編集して掲載します。 ぜひ、実際の楽曲にもアクセスしていただきたいので、“公式チャンネル”へのリンクなども適宜挟み込みながら、話を進めていきたいと思います。 それでは、さっそく行ってみ

    • 2023年、アキサワ3大ニュース。

      ということで、恒例の3大ニュースです。 今年のテーマは「新しい場所に行く」でした。 3位「トキワ荘マンガミュージアム」 藤子不二雄A先生の「まんが道」のファンである自分としては、もちろんオープン前から気になっていた施設だったが、 開館が2020年7月というコロナ禍のさなかと重なったため、その後もしばらく訪問の機会を得られぬままになっていた。 2022年の終わりから、年明けにかけて「藤子不二雄Aのまんが道展」というドンピシャな展示会が開催されていたので、ここしかないという思

      • トキワ荘・まんが道・ンマーイ!の謎

        先日、豊島区立トキワ荘マンガミュージアムで開催中の「藤子不二雄Aのまんが道展」に行ってきた。 トキワ荘とは、1950~60年代にかけて、手塚治虫を慕った若手漫画家たち(寺田ヒロオ、藤子不二雄A、藤子・F・不二雄、石ノ森章太郎、赤塚不二夫ら)が集住していた伝説のアパートだ。 トキワ荘マンガミュージアムは、実際のトキワ荘の跡地から徒歩数分のところにある公園内に、当時の建物の外観・内観を実寸大で復元再現した博物館になっている。 今回の展覧会の題材である「まんが道」は、藤子不二

        • (固定記事)目次的なページ

          ■エッセイ ◆トキワ荘・まんが道・ンマーイ!の謎 ■雑文 ◆2023年、アキサワ3大ニュース。 ◆2022年、アキサワ3大ニュース。 ■書評・評論 ◆小説『海を駆ける』(著・深田晃司)の感想

        バンド・キンモクセイ ニューアルバム「洋邦問わず」全曲レビュー感想 “二人のアカボシ”しか知らない人にもおすすめ

          2022年、アキサワ3大ニュース。

          ということで、恒例の3大ニュースです。 3位「インスタでカメの動画がプチ・バズる」 地元・鹿沼公園で撮影したカメ(亀)の動画が、Instagramで軽くバズった。 インスタはフォロワーも少ないし、仕組みもイマイチ理解していないので、完全にまぐれだった。 自分なりに分析すると、理由は次の3つくらいか。 (1)たまたま流行りの縦長の動画だった、(2)たまたま長さが1分弱(57秒くらい)だった、(3)たまたまカメが狭い柵を抜けられるかどうかにドラマ性があった。 いろいろな意味で

          2022年、アキサワ3大ニュース。

          小説『海を駆ける』(著・深田晃司)の感想(6)

          (6)まとめを兼ねて最後に今回、小説『海を駆ける』を読んで、かなり個人的なレベルで感じたのは、私(秋沢一氏)自身がこれまで地味ながら世に送り出してきた作品群と、キーワード的に重なる部分が多いという印象だった。 津波、海辺の町、叔母、男女のイトコ、散骨、月が綺麗ですね・・・。 中でも、上でも取り上げた「海」と題された冒頭のブロックと、拙作・小説『見えない光の夏』(第3回立川文学賞・佳作)のエンディングシーンは、描写的にも共通する部分が多い。 以下、小説『見えない光の夏』の

          小説『海を駆ける』(著・深田晃司)の感想(6)

          小説『海を駆ける』(著・深田晃司)の感想(5)

          (5)ラウの正体※この項目にネタバレ要素が強く含まれます※ さて、小説『海を駆ける』を読み終えた読者にとって、最大の関心事はやはり、「謎の男」=ラウは一体何者だったのかという点になるのではないだろうか。 この論点に関しては、ネタバレ要素を抜きに語ることが難しいので、未読の方や映画版を楽しみにされている方は、読了後・鑑賞後にお読みいただくなど、適宜ご対応いただきたい。 ここまでの各項目で「後述」とした内容についても、この項目で合わせて触れていく。 まず、ストーリーの最終

          小説『海を駆ける』(著・深田晃司)の感想(5)

          小説『海を駆ける』(著・深田晃司)の感想(4)

          (4)カメラ(レンズ)が象徴するものもう1点、ディティール的な部分に触れておく。深田晃司の前作『淵に立つ』の感想でも少し指摘したように、映画監督として映像の分野を本来のフィールドとする深田の小説には、やはり映画作家ならではの視点や手法が見え隠れする部分がある。 そうした点は、本作『海を駆ける』においては、文学の世界では珍しいような実験的手法を取り入れるというよりは、状況や登場人物の内面の描写の中にこそ現れ出ていると感じる。 それは、端的にいえば、「カメラ(レンズ)といった

          小説『海を駆ける』(著・深田晃司)の感想(4)

          小説『海を駆ける』(著・深田晃司)の感想(3)

          (3)移民・マイノリティーについての問題提起ディティール的な面において注目した点のひとつに、さりげなく、しかし刺激的になされている移民・マイノリティーについての問題提起がある。それは、我々日本人の中に根深く存在している「排外主義的な意識(あるいは無意識)」に関する問題である。 これは、SNS等で深田晃司自身が、ヘイトデモ、ヘイトスピーチといった政治・社会問題に対して、繰り返し表明してきた批判的スタンスでもある。 こうしたテーマや問題提起は、映画『歓待』(2010年)におい

          小説『海を駆ける』(著・深田晃司)の感想(3)

          小説『海を駆ける』(著・深田晃司)の感想(2)

          (2)各章の語られる「時点」の差作中の時間設定について気になる点があったので、ここで整理してみる。 (引用 P.70「イルマ[1]」) 今年は、津波がこの街を襲ってからちょうど十五年目の節目にあたるので、ありがちだなとは思いつつも、津波の特集を組むことにした。 小説『海を駆ける』の主な舞台であるインドネシア・スマトラ島北端の街「バンダ・アチェ」を大津波が襲ったのは、2004年12月26日。「年目」は起点となる年を「1」とカウントするので、物語内におけるメインエピソードの「

          小説『海を駆ける』(著・深田晃司)の感想(2)

          小説『海を駆ける』(著・深田晃司)の感想(1)

          映画監督・深田晃司が、映画作品の上映とほぼ時を同じくして小説版を発表するのは、前作『淵に立つ』(2016)に続いて2度目になる。 ポプラ社から刊行された前作、小説『淵に立つ』については、映画版との違いや、映画作家としての深田があえて小説版を並立させることの意義などについてブログ記事で述べた。 今回の小説『海を駆ける』(文学界4月号)は、前作『淵に立つ』とのスタンスの相違という点においても、興味深く読むことができた。以下、そのあたりのポイントも踏まえて感想を述べていきたい。

          小説『海を駆ける』(著・深田晃司)の感想(1)