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チャリンチャリン太郎①/#毎週ショートショートnote

私の子供時分の話。関西のある名刹の南大門前に、浮浪者の親子が座っていた。古びた木箱を前に、正座しうなだれた作業着姿の男と、小学校低学年と思われる男児。男は右の手首から先が無かった。親切な参拝者が近づき、金を木箱に入れる。すると男児が立ち上がり、黒田節を吟ずる。

〽酒は呑め呑め 呑むならば

 日本一ひのもといちの この槍を

 呑み取るほどに 呑むならば

 これぞまことの 黒田武士

子供にそぐわない内容ではあるが、その巧さに聴衆はみな舌を巻いた。当時、素人名人会という西川きよし司会の視聴者参加演芸番組があり、子供も出場していた。それに出れるレベルだと遠巻きに聴いていた私は思った。

吟じ終わると親子共に深く御辞儀する。木箱に入れる硬貨の音にかけて、私たちは男児をチャリンチャリン太郎と呼んでいた。親子はひと月ほど南大門前にいたが、いつの間にか姿を見なくなった。チャリンチャリン太郎は現在、とある歌手になっているとの噂がある。


(410文字)

たらはかに(田原にか)様の企画に参加させていただきました。