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代表選考会/2(短編全4回)

 選考が長引き、五輪代表選手による記者会見が終わったのは、日付が変わり一時になろうとしている頃だった。くたくたに疲れ果てた沙織は会場を出、廊下を曲がった。と、トイレから出てきた千香と目が合った。

 足が、動かない。千香は無表情のまま沙織を見詰めていたが、やがて踵を返し、廊下向こうに遠ざかってゆく。

「千香……」

 三枠目に選ばれたのは沙織だった。ダブルアクセルでまとめ、ノーミスで演技を終えた。沙織が三位、千香は四位。その点差は、わずか0.21点。会場からブーイングが起きた。それは沙織と千香のどちらが三位にふさわしいかを明らかに語っていた。千香からのラインは止んだ。

 沙織は、これまでどれほど千香を傷つけてきたかを初めて理解した。昨期の全日本ジュニア選手権で自分を祝ってくれた千香の本当の心を知った。

 トリプルアクセルが跳べるというのは本当に凄いことで、練習を重ねれば必ず成功できるというものではない。天賦の才がなければ無理だ。血の滲むような練習を重ねてきた沙織は思う。その、天賦の才を持つ千香を差し置いて、ちょっときれいに滑れるだけの自分が五輪に選ばれたのだ。

 全日本ジュニア優勝と五輪では訳がちがう。
 五輪出場が一生を左右するのだ。


                ◇

 
 二〇二二年が明けた。二月の北京五輪直前、一月半ば。エストニアのタリンで四大陸選手権が行われ、沙織と千香の二人とも出場した。コーチ達が気をつかい、別々のホテルをとってくれた。だが、いずれは必ず顔を合わせることになる。大会前の練習で意を決し、沙織が千香に歩みよろうとするも、千香は無視し、離れてゆく。

 試合の結果は千香が銀メダル、ミスを連発した沙織は五位。芳野沙織は五輪辞退すべき、斉藤千香に譲れ、と、ネットは騒いだ。

 傷つきやすい沙織は決してエゴサーチはするなとコーチから言われているのに、気になってどうしても検索してしまう。そして自分への罵詈雑言を読んで、どこまでも気持ちが沈んでしまう。練習に身が入らない。ジャンプのタイミングが合わない。

 五輪辞退をコーチに申し出たが、激しく叱られてしまった。

「余計なことは考えず、練習に集中なさい。フィギュアスケートはジャンプだけではないの。指先まで神経を巡らせてしなやかに表現する力、口角の角度まで計算した表情の作り方、それらを含めた総合力なのよ。五輪代表はあなたなのよ。はっきり言うけど容姿も点数のうちなのよ。見た目の華やかさであなたは誰にも負けていません。自信を持ちなさい」

 見た目って言うけれど……じゃあ、私は見た目だけの選手ってこと……?


(続く)

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