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ヴィパッサナー瞑想体験記Day4 ~感性が覚醒!相手に気を飛ばせるか!?~

鋭利な刃物のように心を尖らせる

この日はさらに瞑想で意識を向ける範囲が狭くなります。
それは鼻の入り口から上唇までの小さなスペースの皮膚(口ひげが生える部分)の感覚のみ(鼻、上唇は対象外)。
この極めて狭いスペースの感覚を感じ取ります。(感覚なので、呼吸が当たっているのを感じているのは刺激だから×)
どんどんと意識を向ける範囲を極小化することによって、微細なものにも気づけるくらい、カミソリのように意識を尖らしていきます。

4日目にして、心は静まってきてキングダムもでないようになり、集中してその一点の感覚に意識が向けられるようになりました。そしてその部分のズクズクとした感覚のみを感じ取って瞑想できるように。

その後は、意識を真っ暗にしてそのズクズクとした感覚だけを意識上に表せたり、そのズクズクとした感覚を暗い意識の中で遠くの位置において感じたり、逆に拡大させてそのズクズクの感覚を顔全体に温泉のように浸からせたり。

PowerPointのテキストボックスを大きくしたり小さくしたり、移動させてみたりというのをそのズクズクの感覚で楽しんでました。
(この体験は感動!いかんいかん、無常だから良い体験も渇望せず執着しないようにしないと・・・)

ヴィパッサナー瞑想がスタート

いよいよヴィパッサナー瞑想が午後から始まりました。
(ヴィパッサナー瞑想がどういうものかは、ぜひこのセンターでご体験ください。他人の知識よりも、理解よりも、経験からの知恵が一番!)

ヴィパッサナー瞑想は、「現実を観察する瞑想」という説明がありました。
「ありたいと思う現実」ではなく「起こってほしい現実」でもなく「見たいように見る現実」でもなく、「あるがままの現実」を観察する瞑想だと。
そしてその現実は、無常であることを瞑想の体験から気づくものだと。

アーナパーナ瞑想で研ぎ澄まされた心を体全体の感覚に意識を向けていきます。
そうすると、体の筋肉の感覚、肌の感覚だけでなく、より微細な、目には見えていない肌の表面を流れている何かであったり、体の中を流れている何かを明確に感じ取れる様になりました!(ただの感覚だけでなく、さらにもっと微細に意識が向けることが可能に)

そして、体の様々なところの微細な感覚を感じ取るために意識を向けると、CTスキャンみたいなギザギザした感じのものを自分の意識を向けた体の部位に飛ばすことができるように!!
体に触れていないのに自分の意識の波動のようなもので自分の体を触っている感覚になる。頭のてっぺんからつま先まで。

他の人に気弾を飛ばせるか実験

触ってもいないのに、意識を飛ばして触れられた感覚を作れるなら、他の人にこの感覚を飛ばすことができるのではないか!?と思い、瞑想後のちょっとした休憩にちょうど目の前の人が坊主頭だったので、そこに意識を飛ばしてみよう!!と実験。(これでその人がその箇所をポリポリ掻いたら成功)

カカシの万華鏡写輪眼の神威のように自分の意識をそこに集中

うーん、こんなイメージで目の前の人の局所に意識を集中させてみたんだけど、何も反応無し。。。
そっか自分から波動を流さないといけないのか!と思い、今度は・・・

HUNTER×HUNTERのキルアのようにぶつけたい先と自分の手の間に電撃を飛ばす

ターゲットの箇所を狙い澄まして、そこに練で意識の波動を高めてバチバチと流してみるイメージでやったけど反応無し。。。
自分にはまだ意識の波動を相手に流すことはできないようです・・・

そんなこんなで、自分の感性が今までにないくらい、体の微細な流れ、振動のようなものを感じ取れるように研ぎ澄まされているのを実感した4日目でした。
ただ、、、感性が研ぎ澄まされるということは、そう、、、痛みもより感じ取ってしまうわけです(泣)
日を追う毎に痛みは増していく。座禅タイムのたびに絶望するような気持ちになる。憂うつ度は増していく一方でした。。。

4日目講義(一部)

これまでの3日間で、非常に小さなスペースの感覚を感じ取る瞑想を続けてきたことで心は研ぎ澄まされてきた。
なぜ心を研ぎ澄ませてきたかというと、体の大きな感覚ではなく、より微細な感覚にきづけるようにするのが狙い。

ゴータマ・シッダッタは、悟りにいたるためにこのヴィパッサナー瞑想を実践し続け、ひたすら自分の内側の感覚に意識を向け、内なる真実にめぐりあい、悟りに至った。
それは、以下のように心のメカニズムができていること。
「意識 ⇒ 認識 ⇒ 感覚 ⇒ 反応 ⇒ 快:渇望、不快:嫌悪・憎しみ」

研ぎ澄まされた心がより鋭敏に感覚を捉えられるようになるので、無意識に心が反応するのではなく、現実の感覚をあるがまま観察し、心の反応による渇望や嫌悪を生み出さないことが目的である。

今までの3日間は、心と痛みに翻弄されてきましたが、そうした中でも心を研ぎ澄ませる準備体操だったよう。いよいよヴィパッサナー瞑想がはじまり、これからどんなプロセスになるのか。
もうワクワクすることはなく(苦笑)。ドキドキしかない・・・(しんどくなっていく一方、気が重い)


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