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界のカケラ 〜44〜

 「この会話もその時だけだから無意味だと思いますか?」

 私は不躾にならないように注意しながら聞いた。

 「わかりません。意味がないのか、意味があるのかも。
だから私は迷っているんです。不安なんです! 普段なら無意味ということで済んでいたのに今は違う!」

 急に声を荒らげ、空気が張り詰めた。
しかし、それも一瞬だけで、すぐに落ち着きを取り戻して、元の口調で続けた。

 「三人で話しているうちによくわからなくなってしまったんです。私は死にたかったのに助けられ生きてしまった。そしてこの場で生野さんと四条さんの話を聞いて、なぜ私が生きているのかを考えるようになってしまったんです。今まで生きることより死ぬことの方を考えていました。だから意を決して睡眠薬を飲んで痛い思いをしないで楽に死のうとしたんです」

 「そんなことを言うもんじゃない」

 生野さんの大きな声でも、怒鳴ってもいないが、重厚感があったその一言に、私は背中に汗が流れるのを感じた。

 「でも私は死ぬことしか道はなかったんです!
生きる意味がわからなかった!
でも死ぬ意味もわからなかった!
だから私は死ぬことにしたんです!」

 あの一言でもひるむことなくすぐに言い返す彼を見て、これが彼の本音だったのだろうと思った。

 きっと彼は生きていたいとも死にたいとも思っていなかったのだ。ただ「意味」を見出したかった。自分が生きている意味を彼の周りの世界では見つけられなかった。だから死ぬことの意味を見つけるために自殺をしようとした。だが、助かってしまったことで死ぬ意味を見つけられないまま、生かされてしまった。

 生かされてしまった彼は以前と変わらず、生死の意味を考える、見つける世界にさまよい続けていた。そこに私たちがこのベンチで話していたことを偶然聞いてしまうことになり、生きる意味と死ぬ意味の両方を自分の世界の外から投げかけられた。そのことでさらに彼の中で迷いが生まれていったのだ。

 彼の元いた世界では私たちの話を聞く機会はなかったのだろうか。いや、そうではない。
例えそうだったとしても、あの年まで聞かないなんて言うのはあまりにも不自然すぎるし無理がある。彼の周りでも一回くらいはあったはずだ。ただ聞くことを拒んでいたのだ。つまり今までの彼の頭の中の世界を肯定するものしか受け入れることはできず、相反するものはシャットアウトしていた。

 しかし、自殺は未遂に終わったことで、彼の中で何かが変わっていった。その何かはわからないが、本人が今迷っているのを見ると気づいていないのは明白だ。間違いなく無意識の領域で変化があったのだと思われる。

 彼の心の奥底にあるものが徐々に現れようとしていた。

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