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界のカケラ 〜38〜

 「私は心や感情というものが体に与える影響は大きいと思っているのだよ。だが、ほとんどの人はそれを過小評価している。自分たちが自覚しているのにもかかわらずな」

 おそらく生野さんは心と体の関係を学問として学んだことはないだろう。しかし経験からそうであろうことは分かっているのだ。経験から発せられる言葉には重みがあり、たとえ相反する意見であってもそう思い込ませてしまう。それほど経験からの言葉は重厚感があるのだ。本を読んだり、人の話を聞きかじった程度の知識を話されても心に響かないのはそのためだ。

 「自覚していてもですか?」

 久しぶりに市ヶ谷さんが口を開いた気がする。もともと積極的な方ではないが、これから生野さんが話すことは市ヶ谷さんの今までの行動を否定してしまうかもしれないのに随分と冷静だった。

 「そうだ。私がそうだったのだよ。話を聞いていたかもしれないが、私はもともと農家の出だ。ほぼ毎日農作業でいくら食べていくためとはいえ次第に飽きがきて、仕事が嫌になってくる。農作業をしていても豊かにはならず、貧しくなるばかりだった。
そうなるにつれて心も次第に荒んでくる。仕事も適当になってくる。適当になれば作物が育たない。結果的に自分を苦しめることに繋がっていく」

 確かにそうだ。私も生死のかかる緊張感の中でも、同じ症例が続いたりすると起こりやすい。それは一瞬だが、その一瞬でも命取りになる場合もあるので気をつけている。

 「しかしそれだけではないのだよ。そういうことが続いていくとある変化が起きる」

 「ある変化?」

 私と市ヶ谷さんは変化という言葉に勢い良く反応した。

 「体の不調だよ。誰にでも必ず起きる。まず、体のどこかが痛くなってくる。仕事の関係で痛む場所は違うが反応が起きてくる。まあ、ここで多くの人は病院や薬局へ行き、湿布やモーラステープなどで治療する。しばらく治療すると治ってくる。が、これは大きな間違いだ。治るがまた再発する。これが何度も続いていく。これがただの肉体労働で起きているならば大きな問題にはなりにくい。問題は心が原因で痛くなっていることに気がつかないことが問題なのだ」

 これは確かに聞いたことがある。心の状態で病むのは精神だけではなくて、肉体にも及ぶことがあるのだ。胃潰瘍や過敏性腸症候群などがいい例だ。うつ病やガンになるリスクも高くなる。治療をしても根本的な原因を探って取り除かなければ再発リスクが高くなる。

 生野さんは経験からこのことを知っていたのだろうか?病院で会う人たちからそう考えるようになったのだろうか?
話の続きをもっと聞きたくなった。

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