旧紺屋町遊廓街
熊本県八代市。
本町アーケードから少し逸れると、スナックが密集しているエリアに入る。
ネットで熊本の遊郭を調べている時に『八代紺屋町の遊廓建築「黄金」について』という論文をお見掛けして、早速足を運んでみました。
そちらによるとこの辺りが遊廓街だったよう・・・うっかり遊廓街入口の門を見逃してしまったけれど;;
遊廓街はスナック街となっている事が多く、こちらも例外ではありませんが現代的な建物に変わっており、遊廓街だった面影は殆どありません。
スナック街を抜けた所、古そうな建物だったので撮影。
ショーケースらしきものがあるので、お店だったのだろう。
遊廓街から少し外れてしまったけれど、新木村さんというレストランを発見。
手前の建物と言い、奥の蔵と言い、古い建物をリノベーションしたような風貌ですが詳細不明・・・
この日は時間が無くてお邪魔出来ませんでしたが、お料理美味しそうだったので今度は伺ってみたい。
旧遊廓街へ戻る。
前述した論文によれば、紺屋町は明治7年に熊本県が遊廓の設置を許可し、その当時は貸座敷8軒に遊妓は20名居り、最盛期の大正10年頃には遊廓19軒・料亭11軒・検番2軒があり、芸妓180名・娼妓150名・仲居95名・板前24名が居たとの事。
当時ここから見下ろした風景は、とても華やかな町並みだったのではないだろうか。
堤防から下りる坂や階段、そして路地は当時のまま残っているとの事。
突如現れる煉瓦塀は、八代検番の遺構との事。
なだらかな坂から見えた歴史のありそうな建物(この写真では右の建物)裏の風景。
奥にあるのは祠に見えるが、どうだろう。
ここには遊廓があったと記されていないので、民家などが並んでいたのだろうか。
そして、その向かい側・・・
紺屋町に現存する唯一の遊廓建築である黄金(こがね)です。
幕末~明治初期頃に料亭として建てられたとの事ですが、論文の文章を引用してしまうのは忍びないので、詳しい事は『八代紺屋町の遊廓建築「黄金」について』を読みましょう!
(投げやりな訳ではないですよ?とても素晴らしい論文なので皆で共有したいという勝手な思いです←)
数回に渡る増改築が行われ、住居・アパートへと姿を変えたが現在は使用されていないのか、ひっそりと佇んでいました。
最後まで読んで頂き、有難うございます。
【撮影機材】
Canon EOS-1V
Canon EF8-15mm F4L Fisheye USM
Canon EF17-40mm F4L USM
Canon EF24-105mm F4L IS USM
FUJIFILM SUPERIA PREMIUM 400
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